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【関西レジェンド伝】大村崑(4)花登筺と「こんちゃん」「こばこちゃん」

【関西レジェンド伝】

大村崑(4)花登筺と「こんちゃん」「こばこちゃん」

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上方喜劇界を盛り上げた劇団笑いの王国の(左から)芦屋小雁、大村崑、芦屋雁之助、花登筺

上方喜劇界を盛り上げた劇団笑いの王国の(左から)芦屋小雁、大村崑、芦屋雁之助、花登筺【拡大】

 「細うで繁盛記」や「どてらい男」で有名な花登筺(はなと・こばこ)先生との出会いは1957年です。東宝と契約していた花登先生が北野劇場でもコントなどの台本を書くようになって、僕も演じるようになりました。

 実は僕とは3歳しか違わない。その頃は「こんちゃん」「こばこちゃん」と呼び合ってた。同じアパートに住んでたし、夜に先生が書いた台本を朝になったら僕が清書してましたね。

 58年にテレビ放送が始まると、花登先生は「やりくりアパート」や「番頭はんと丁稚どん」の台本を書きまくり、59年には僕や芦屋雁之助を連れて「劇団笑いの王国」を結成。雁之助、小雁、そして僕の合同結婚式をやろうなんてアイデアが湯水のように沸いてくる人でした。

 結婚相手を探せと言われた僕は、テレビ局にシャンソンのオーディションに来ていた瑤子さんと出会ったその日にプロポーズ。60年3月1日の読売テレビのスタジオで挙げた合同披露宴は生放送されました。新婚旅行先の九州ではどこでもすごい人だかりでした。

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