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【二十歳のころ 高橋惠子(4)】戻らないつもりの海外放浪…占術に従い帰国

【二十歳のころ 高橋惠子(4)】

戻らないつもりの海外放浪…占術に従い帰国

特集:
二十歳のころ
海外への逃避行を終えて、帰国後に謝罪会見を開いた高橋惠子。紆余曲折あった若いころの経験が人生の糧になっている (1980年撮影)

海外への逃避行を終えて、帰国後に謝罪会見を開いた高橋惠子。紆余曲折あった若いころの経験が人生の糧になっている (1980年撮影)【拡大】

 日本に帰るきっかけとなったのは、トルコで日本人の登山家に会ったことでした。占術の気学ができる方で、「これからどこに向かう?」と聞かれて「スペインです」と答えたら、「そっちへ行ったら命を落とす」と言われて。もともとは落とすつもりで来たんですけどね。私が日本に帰る日も、その方が決めたんですよ。

 戻るときは復帰しようなんて全く思っていませんでした。とにかく迷惑を掛けたことについて謝罪しよう。そのためだけに帰りました。

 謝罪会見を開き、関係者に損害賠償をしてから1年間謹慎しました。女優をやってはいけないとも思ったのですが、他に何ができるわけでもなく、良くも悪くも名前が知られているので、普通の仕事はできない。

 お付き合いをしていた方とも別れ、一人になっていたので、声をかけていただけるのであれば、また女優としてやっていこうと。迷惑を掛けたみなさんに少しでも恩返しをするためにも、1980年1月に活動を再開してからはすべての仕事を断らずにやりました。

 二十歳前後のころは、自分なりに精いっぱい正直に生きていたと思います。虚構の世界を生きる中で自分自身を見失いながらも、本当に望んでいること、真実、確かなものをつかみたいと、もがいていましたね。

 当時の経験が今の私を形成していますが、まだ完成しているわけではありません。きっと、未完成のままあの世にいくことになると思いますけど…。少しでも人に生きる活力や、感動、喜びを与えられるようになりたい。人は変わっていけるものだし、絶望なんて、ないですから。 (おわり)

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