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【関西レジェンド伝】キダ・タロー(2)高校2年のとき藤岡琢也とタンゴバンド

【関西レジェンド伝】

キダ・タロー(2)高校2年のとき藤岡琢也とタンゴバンド

特集:
関西レジェンド伝
関学大を中退してピアニストに。作曲家人生が始まった

関学大を中退してピアニストに。作曲家人生が始まった【拡大】

 学生バンドに1次ブームと2次ブームがありまして、1次ブームのときに高校生全体がギターを持ってるような雰囲気やったんです。関学高校2年のとき、同じクラスに(のちに俳優の)藤岡琢也がおりまして、バイオリンをやっとった。

 私は死んだ兄貴の遺品でおもちゃのアコーディオンを持ってたから、「バンド組もか」「何やる?」「バイオリンが入っとるからタンゴやな」と、タンゴバンドを組みましてん。

 ちょいちょい練習してレパートリーは3曲。関学の学生の親は金持ちですやん(笑)。その人らの大きい家でダンスパーティーをやる。「バンド来てくれへんか」「曲おまへんで」「えぇから」と呼ばれて、3曲演奏したらお金をもらえた。やみつきです(笑)。

 趣味で、下手で、3曲しかないのにお金がもらえる。神戸の花隈にダンスクラブがあって、「明日からおいで」いう時代。そこで1年か2年やって味しめた。

 そのころ、大学受験やったけど、向学心ゼロ。ゼロというかマイナス。なんで勉強せなアカンねんって。おふくろが「行ってくれ」と言うから、1年浪人して社会学部に入ったけど、そのまま1日も行かず消滅です。

 初めて作曲したのは18、19歳ですかね。神戸で順調にやってましたけど、アコーディオンでは話にならん。ピアノにしようと、大阪にツテを求めて高島屋の前の南海通り、南街劇場の間あたりにあった「パラマウント」というアルサロ、今でいうキャバレーのバンドに入ったんですよ。

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