2017.5.16 10:00(1/3ページ)

【関西レジェンド伝】浜村淳(2)新聞記者になりたかった学生時代

【関西レジェンド伝】

浜村淳(2)新聞記者になりたかった学生時代

特集:
関西レジェンド伝
ジャズ喫茶で司会をやっていた頃。学生時代から話術を磨いていた

ジャズ喫茶で司会をやっていた頃。学生時代から話術を磨いていた【拡大】

 先日、映画「サバイバルファミリー」の宣伝でゲストに来た矢口史靖監督が「きょうは最後まで話さないでしょうね」って言うんです。「いや、もう何日も前に紹介しましたよ」「言ったでしょ、最後まで」(笑)。

 ルールとして結末を言うわけないじゃないですか。でもね、矢口監督は来るたびに言う。監督としてホントはうれしいんですよね、キッチリと映画を語ってもらうことが。

 僕は映画を漫画的に、劇画的に語ろうと、ラジオ大阪「サタディ・バチョン」(70-91年)のころからやってました。東京の人が聞いたらビックリする。アラン・ドロンもマリリン・モンローも関西弁。関西で語る以上、当たり前なんです。

 話芸、話術が大切だということは子供心にたたき込まれましたですね。当時はNHKのラジオしかなくて、話術、話芸を非常に要求された時代なんですよ。

 そこへもってきて芸能番組といいますと、志ん生、文楽、圓生、小さんの時代。名人ばっかりでしょ。アナウンサーも宮田輝さん、高橋圭三さんをはじめ名人が実に多かった。物心つくと、主な番組は録音しましてね。繰り返し繰り返し聴いておりました。

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