芸能メニュー

ここから本文

芸能芸能のRSS

森繁久彌さんが死去…演劇界初の文化勲章受章者

2009.11.10 19:33
操作メニューをスキップして本文へ
森繁久彌さんが死去…演劇界初の文化勲章受章者
死去した森繁久彌さん【フォト】

 映画「夫婦善哉」やテレビドラマ「七人の孫」などで知られる俳優で演劇界初の文化勲章受章者、森繁久彌さんが10日午前、東京都内の病院で老衰のため死去した。96歳。

 森繁さんは7月22日、夏風邪をひき熱が出たため、検査をかねて都内の病院に入院。いったんは平熱まで熱が下がったが、痰(たん)が絡む症状がみられたため、入院を続けていた。

 森繁さんは2002年12月に、滞在先の沖縄県で心筋梗塞(こうそく)で倒れ、一時危険な状態に陥ったが、回復。その後は月に1回程度、かかりつけ医の訪問診察を受け、健康に気を使っていた。

 夏までは「96歳なりの生活、元気さ」(所属事務所)を保ち、NHKの大相撲中継を楽しんだり、日本を代表する指揮者、故朝比奈隆さんが指揮するクラシック音楽のDVDを見るなどして過ごしていたという。

俳優の三田佳子

「先生(森繁さん)のラジオドラマで娘役をさせていただいたのが、この世界に入ったきっかけで、芸能の父としてお慕いしてきました。わたしが10年ほど前に大病を患った時にも、手紙をくれたり、本当の娘のように見守ってくれました。今は言葉もありません」

俳優の榎木孝明

「生前の森繁さんとは、山田五十鈴先生に連れられて何度かお目にかかりました。若いころ、舞台の「屋根の上のヴァイオリン弾き」を何度も見て、いつかあんな舞台で共演できればと夢見ていた。自分がそれに手が届きそうになった時には、もう森繁さんは引退して、夢はかなわなかった。地の人間の面白さと深さを、これほど表現した俳優はいなかった。一つの時代が終わったと、実感してしまいます」

歌手の加藤登紀子

「“歌うように語り、語るように歌え”。それが森繁さんの心でした。弾き語りで歌った「ひとり寝の子守唄」を聞いてくださったとき、“僕と同じで心で歌っているね”と言ってくださったのが初めての出会いでした。その後、「知床旅情」を歌わせていただきました。何度も一緒に声を合わせて歌い、感じたのは大陸の大きさと、日本人の優しさ、男のロマンそして色気でした。もうお会いできないと思うと本当にさみしいです」



Ads by Google

企画特集

注目サイト