この仕事を続けていると必然的に美男美女の類に遭遇する機会が多い。ただ一方で「見かけ倒し」にガッカリすることも少なくない。
しかし、例外というか、イメージを大きく裏切られたイケメンがいた。日本ハム・ダルビッシュ有投手だ。
巨人担当だった昨年まで取材する機会がなく、周囲の評判だけで勝手なイメージを持っていた。世界屈指といえる才能と天才的投球術は言わずもがな。でも、だからこそ唯我独尊で「我は我」というクールな現代っ子のエース像を描いていた。ところが、遊軍となり日本ハムに顔を出すことが多い今季、実際に見たダルビッシュ像に驚いた。
「チームの勝利が一番です」−。こういうコメントを発する野球選手は多いが、それが心の底からの言葉だと思わせる選手はそう多くない。
ダルビッシュは「勝ち」にこだわる。三振の数とか個人記録には興味がないと公言するが、それは本当ではないかと思える。
チーム打率がリーグ最下位だった春先には、“三振を取らない投球”を続けた。三振ショーより、少ない球数でより多くの打者を打ち取る投球術。打力の低いチームで、自分が1回でも長く投げることが勝利に直結することを自覚しているからだ。
交流戦前には「七回までに全力を出し切る投球」と宣言。投手も打席に立つ交流戦では、終盤の好機に打席が回れば交代せざるを得ない。だから早い回に決着を…というわけだ。投手としては当然の心がけ。しかし、それを有言実行して、かつ嫌味にならないのは、実力に裏付けられた自信が、その存在価値を上回らないからだろう。
親分肌でもある。若手の面倒見のよさはチームナンバーワン。投球術を教えることをいとわず、ふがいない若手には喝も入れる。大物ルーキー・中田翔内野手を食事に誘ったり、プロとしてのアドバイスを贈ることはもちろん、時には生活態度が問題視された中田を諭すこともあった。
こんなダルビッシュの『男気』と『熱さ』は先天的なものなのか。くしくも中田と同じ名前を持つダルビッシュの弟・翔さん(18)に聞くと「昔からですよ」と子どものころのエピソードを教えてくれた。
それは翔さんが小学校入学前のこと。自宅の周りでいつものように兄と遊んでいると、祖父がバイクで帰宅してきた。ガレージに曲がろうとするその瞬間、バイクが翔さんの体をかすめ、兄にはそれが接触したように見えた。
「おじいちゃんが翔をひいた! いじめた!!」
弟は無傷だったが、カン違いしたダルビッシュは大泣きながら祖父に猛抗議したという。
「あのときのことは忘れられないですね。兄はボクに対しては厳しくしても、他の人がボクをいじめることは絶対に許さなかった。自分の大切な人に何かあれば絶対に守ってくれるのが兄でした」
俗に『天は二物を与えず』というが、ダルビッシュにそれは当てはまらない。いくつもの才能と資質を天は与えたようだ。
佐藤 ハルカ(さとう・はるか)
サンスポ運動部野球担当遊軍。16年間女子校育ちと一見“お嬢”だが、幼少期に習ったピアノ、バレエ、バイオリンはすべて挫折し学生時代はソフトボール&軟式野球に熱中。とはいえ暴投癖からポジションはDH(DP)か右翼だった。サンスポ入社後、サッカー担当として2002年日韓ワールドカップ、04年アテネ五輪などを取材。05年から3年間、プロ野球巨人担当。業界随一の男運&金運のなさが悩み。趣味は短歌。東京都出身。