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【なにやっ10】衝撃の瞬間…坂田、KO負け

2009.1.7 11:00
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 衝撃の瞬間だった。先週もこの欄で書いたが、年末にボクシングのWBA世界フライ級タイトルマッチの取材にいってきた。

 「油断したわけでもない。もらったパンチは、見えなかった。何を食らったのか、わからなかった。試合をやった感じがしない。疲れもないですし…。まだ、ちょっと信じられないです」

 王者・坂田健史は、2回2分55秒KO負け。一発で決まるボクシングの醍醐味、神髄を見た気がした。相手は、同級1位の選手とはいえ、一瞬で勝負が決まってしまうのか…と改めて思い知らされた。過去最多レベルの230ラウンドのスパーリングをこなした。それでも、わずか6分弱で勝負は決まった。

 しかし…だ。初めて取材したボクシングの試合で4度防衛のチャンピオンが負ける。KO劇を見ることができたが、日本人王者がマットに沈む。うーん。何とも、巡り合わせが悪いというか、自分に運がなかったというか。できれば、歓喜の瞬間に立ち会いたかった。

 その後、サンスポの評論家である矢尾板貞雄氏とともに、広島市内の高級ホテルで開かれた坂田選手の“残念会”に出席した。そこでは、ほんの数時間前にリングで戦っていた前チャンピオンの姿があった。支援者が次々とねぎらいの言葉をかけ、それに丁寧に応えていた。そして記念写真を撮ったりと。時折、見せる笑顔には、どんな感情が表れていたのだろう。協栄ジムの金平会長と、関係者に頭を下げてまわっていた。

 「今回の区切りの5度目の防衛戦、しかも指名戦をクリアできたら階級を上げることも考えたい」

 試合前、“勝った場合”にはそう話していた。リミット50.8キロのフライ級は「正直、もうキツイ」と漏らしていた。28歳。年齢的にボクサーとしては、王座陥落と同時に引退するのが『流れ』だという。それでも、坂田というファイターをこれからも応援しようと思った。

山田 結軌(やまだ・ゆうき)

山田結軌1983(昭和58)年3月31日、新潟県生まれ。立教大卒。07年4月入社。同年10月より阪神担当。野球にかかわる仕事がしたいと、スポーツ新聞記者を志望した。将来は米国の野球文化に触れたい。


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