2008年03月03日 更新
【陸上】大崎が男泣きの3位!悲願の五輪へ猛アピール

今度こそ、代表に…。日本人トップの3位でゴールした大崎は、レース後に男泣きした(撮影・浜坂達朗)

4年前の悔しい思いは忘れない。記録を残しながら、アテネ五輪代表を逃した大崎が、意地をみせた
陸上・びわ湖毎日マラソン(2日、コース=滋賀・大津市、皇子山陸上競技場発着42.195キロ)8月の北京五輪男子マラソンの代表最終選考会を兼ねた大会で、大崎悟史(31)=NTT西日本=が2時間8分36秒で日本人トップの3位となり、悲願の五輪切符を確実にした。前回アテネ五輪は有力候補になりながら、落選。この日は同五輪後に生まれた息子も見守る中、ゴール後には男泣きした。昨夏の大阪世界選手権銀メダルのムバラク・ハッサン・シャミ(27)=カタール=が2時間8分23秒で優勝した。
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握られた拳に、万感の思いが詰まっていた。ゴール後、大崎はスタンドに向かって深々と一礼。北京切符をほぼ手中にした実感が、ほてった体を包み込む。直後のインタビューでは、人目もはばからずに号泣した。
「最後は北京、北京と思って前へ前へと頑張りました。すごくうれしいです。あとは吉報を待ちます」
レース序盤から先頭集団を形成。だが、20キロで5キロラップが15分から14分台にあがると、体が悲鳴を上げた。年明けに左足付け根を痛めた。貧血にも悩まされ、決して万全ではなかったが、「ここで離れたら何もかもがパーになる」。五輪への執念が、再び足を動かすエネルギーにかわった。
一度は地獄を見た。4年前の東京国際で2時間8分46秒で日本人トップの2位になりながら、経験不足の「一発屋」と評価されて、アテネ五輪代表を逃した。昨夏の大阪世界選手権では日本人2番目の6位入賞。今回、清水康次監督から国内選考会を走らずに、評価を待つことを勧められたが、「自分で切符を獲りたい」とびわ湖参戦を決めた。NTT西日本大阪陸上部OB会の中川正治事務局長は「逃げずに勝負して勝ち獲った。よくやった」とたたえた。
39キロ手前で3位争いをしていたリオス(スペイン)を振り切り、最後の2.195キロを6分43秒の出場選手中最速タイムで駆け抜けた。5歳から家族とともに走り始め、小4まで自転車を使ったことがない。生来の素質と根性が“末脚”の伸びにつながり、自己ベストを10秒も更新した。
目標は、2月の東京で藤原新(JR東日本)の出した2時間8分40秒を切ることだった。一人息子の達也君(2)が「パパ〜、エイエイオ〜ッ」と声援を送るトラックで最後のスパート。藤原よりも、4秒早くゴールへ飛び込んだ。日本陸連・沢木啓祐専務理事も「過去の経験を見事に出した。最後のまとめ方は立派」と拍手を送った。
「発表はまだですが、この結果に満足しないで、欲を出して上を目指したい」。13度目のフルマラソンでみせた“一発回答”。4年の歳月が大崎を男にした。
(山田貴史)
■大崎悟史(おおさき・さとし)
1976(昭和51)年6月4日、大阪・堺市生まれ、31歳。大浜中から陸上部に入り、清風高では3年連続で全国高校駅伝出場。山梨学院大では3年時に箱根駅伝10区で区間賞。99年にNTT西日本大阪に入社。当初はフルタイム勤務の営業マンランナーとして注目を集める。00年びわ湖で初マラソン14位。04年東京国際で2位に入るも、アテネ五輪の代表選考から漏れた。06年ドーハ・アジア大会3位。昨年8月の大阪世界選手権6位入賞。家族は夫人の美緒さん、長男・達也君。1メートル77、58キロ。
■その時
スタンドから見守った父・雅信さん(62)は、息子の粘りに感嘆の声を挙げ、夫人の美緒さん(29)は、夫の力走に涙を流して喜んだ。父は「途中で心配になったけど、よく頑張った。アテネに行けなかったことが今につながっている。決意が伝わってきた」。徒歩10分ほどの距離にそれぞれが住居を構え、週に1度は夕食をともにする。美緒さんは長男・達也君とともに沿道からも声援を送り、「すごく頑張ってましたね。『転ばないようにね』とだけ声を掛けました。今はお疲れさまと言いたいです」。
■熱走VTR
前半はハイペースで進み、ペースメーカーのいなくなる30キロ付近でシャミとアスメロンが飛び出した。36キロすぎにシャミがスパート。アスメロンに余力は残っておらず、シャミは余裕を持って逃げ切った。大崎は離された後も、慌てずに自分のペースを守った。並走していたリオスを38キロすぎで振り切り、最後の追い込みで自己ベストを10秒更新して3位。終盤に粘った大西が4位に入った。佐藤は28キロすぎに脱落し、7位に終わった。
★尾方、佐藤と3人当確
北京五輪男子マラソンの選考4レースが終わったが、男子代表3枠の「当確」はきわめて絞りやすい状況となった。同五輪代表は、尾方剛、佐藤敦之(ともに中国電力)と大崎悟史(NTT西日本)の3人でまとまりそうだ。
佐藤は日本の有力選手がそろった福岡で日本人トップの3位になり、タイムも2時間7分13秒はトップ。世界選手権で日本人最高の5位に粘った尾方も日本陸連が世界選手権での成績を重視する従来の流れがあり、もともと確実視されていた。
この2人に次ぐ存在だったのが2月の東京で2時間8分40秒で2位になった藤原新(JR東日本)。びわ湖には海外の有力選手が多く出場したことで大崎の順位は3位だったが、タイムは2時間8分36秒と上回った。
藤原はノーマークだったのに対し、大崎は06年アジア大会銅メダル、昨年の世界選手権6位と実績は豊富。日本陸連・沢木啓祐専務理事は「経験は当然評価される」と藤原をしのぐ高い評価で、周囲も一致している。
◆高野進・日本陸連強化委員長
「大崎選手は冷静さのなかで北京五輪の切符を絶対獲りたいという気持ちが一番表に出ていた。最後の5キロは存分に力を発揮した」
■男子選考会
●大阪世界選手権(07年8月25日) 気温29度、多湿の過酷な条件下でスタート。20キロ過ぎで佐藤智之、25キロ過ぎで諏訪利成が後退。30キロ地点では尾方剛、大崎悟史も先頭から20秒以上離された。だが、ここから力走をみせ、40キロ過ぎにともに一時3位争いに浮上も、力尽きた。尾方が5位、大崎6位、諏訪が7位
●福岡国際(12月2日) スタート時の気温は13度と高めの条件。有力候補が集中し激戦が予想されたが、30キロ付近で油谷繁、藤田敦史が後退。34キロ過ぎには佐藤敦之も優勝したワンジルに突き放されたが、ここから粘りをみせ、日本人最上位の3位でフィニッシュ。2時間7分13秒の好タイムだった
●東京マラソン(08年2月17日) 気温2.5度の中でスタート。32キロ過ぎに優勝したロスリンがスパートをかけ、諏訪が脱落。さらに35キロ手前で梅木蔵雄、入船敏が遅れ始め、先頭はロスリンとギタヒ、一般参加の藤原新に絞られた。藤原は38キロ過ぎで足に異常が出たが、粘りでギタヒを振り切り2位でゴール


◆優勝したシャミはカタール国籍だが、出身はケニア。北京五輪では優勝候補の一角に
「マラソンはしんどいけど、楽しみながら走ることを心掛けている。走ることが好きで、この職業を選んだ。もちろん金メダルを狙う」