2008年02月08日 更新
【馬術】“じじの星”法華津、史上最年長67歳で五輪出場!

ドイツで愛馬ウィスパーに騎乗する“じじの星”法華津(日本馬術連盟提供)

1964年東京五輪出場時の法華津の雄姿。このときは障害飛越での出場だった
還暦過ぎの五輪出場だ!! 北京五輪の馬場馬術団体で日本が1964年以来44年ぶりの出場が7日、決定的となり、日本のエース・法華津寛(66)=アバロン・ヒルサイドファーム=が日本五輪史上最年長での五輪出場を果たす。法華津は23歳だった64年東京五輪(障害飛越)以来、44年ぶりの出場。ドイツで単身修行の日々を送り、悲願を達成した。世の中の高齢者に勇気と希望を与える“じじの星”だ。
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朗報を最初に受けたのは、法華津の妻、元子さん(60)だった。
「日本馬術連盟から正午ごろに連絡をいただき、慌てて(主人のいる)ドイツにファクスしました」
情熱があれば夢はかなう−。3月で御年67歳になる法華津が北京五輪切符を手中にした。
「ひと安心という気持ち。目標を持てば多少は若くいられる。同世代の人がそう感じてくれればいい」
馬上での背筋は空に向かってピンと伸び、声や肌にも張りがある。中学1年から乗馬を始め、今年で54年目。東京五輪以来、44年ぶり2度目の悲願に声も弾んだ。
馬との連携がモノをいう馬場馬術。5年前に本場・ドイツ留学を決意した。ジョンソン・エンド・ジョンソン傘下の医薬品会社社長の座を後進に譲り、単身渡独。現地トレーナー宅に住み込んでの生活が始まった。50年間、人馬一体の日々を送ったが、指導されたのはイロハのイとも言うべき「馬に乗ったときの正しい姿勢」。プライドをズタズタにされても五輪出場の夢を捨てきれなかった。
44年前の東京五輪では障害飛越で40位。84年ロス五輪は補欠、88年ソウル五輪では代表に選ばれたが馬が検疫に引っ掛かって出場を断念した。昨年も馬インフルエンザの世界的流行で競技会の日程が流動的に。それでも毎日1時間は独学で編み出した補強&ストレッチ運動を欠かさず、帰国して再びドイツへ向かう際はスーツケース満載の食材を携え、日本食の自炊生活も行った。
一昨年12月には愛馬ウィスパー(11歳牝馬)と運命的な出会い。「一流の馬は億単位」(関係者)という出費も家族の理解があってこそだった。神経質な愛馬を入念に調教し、人馬一体の演技を可能とした。
上位2カ国に五輪出場権が与えられる東南アジア・オセアニア地区予選で日本は豪州に次いで2位となり、6位入賞だった東京以来44年ぶりの出場権が確定。日本馬術連盟の規約では審査会の上位3選手が代表に決まるため、日本人トップの法華津が代表に内定した。
アテネ五輪の馬場馬術団体の金、銀、銅はドイツ、スペイン、米国。『じじの星になる』がモットーの法華津は「馬の状態を整え、自分も実力を出せるように準備したい」と静かに意欲を語った。「祖先は四国の水軍」(夫人の元子さん)という“海賊魂”でメダル獲りに挑む。
(山田貴史)
◆法華津の妻・元子さん
「今回が最後ですから本当に良かったという気持ちです。競技を長くやっていく中で最終目標はやはり五輪。弱音を漏らすことは一度もありませんでした」
★「法華津」という名のルーツは?
東京都出身の法華津だが、珍しい名字の通りそのルーツは四国・宇和島(愛媛)にあるという。現在、石垣などが残る伊予法華津城は水軍であった法華津七城の本城。法華津湾に面して半島状に突き出した丘陵に築かれている。法華津氏は、宇和西園寺氏十五将の中で船戦ができる唯一の勢力であったとされる。また、標高436メートルの法華津峠は宇和島市と西予市との市境をなす峠。ちなみに、北京五輪出場が内定した法華津も祖父の代に四国から上京したという。
■法華津寛(ほけつ・ひろし=馬場馬術)
1941(昭和16)年3月28日、東京都出身、66歳。12歳で馬術を始め、慶大に進学。64年東京五輪の障害飛越で40位。その後に馬場馬術に転向。五輪再挑戦を決意した03年からドイツ在住。
■日本の五輪最年長出場
日本における五輪最年長出場は1988年ソウル大会で馬場馬術に出場した井上喜久子氏の63歳9カ月。法華津は3月に67歳となり、最年長記録を更新する。ちなみに最年少記録は夏季五輪では92年バルセロナ五輪の岩崎恭子の14歳と6日、冬季では36年ガルミッシュ・パルテンキルヘン五輪に出場したフィギュアスケート女子シングル稲田悦子の12歳11カ月。
■日本の馬術の歴史
日本はベルギー、デンマーク、米国、フランス、イタリア、ノルウェー、スウェーデンとともに1921年に国際馬術連盟(FEI)を創設。日本乗馬協会は22年に創立された。五輪初参加は28年のアムステルダム大会、32年のロサンゼルス大会の障害飛越個人で男爵(バロン)だったことから「バロン西」と呼ばれていた西竹一が金メダルを獲得した。51年にFEIに復帰し、52年のヘルシンキ大会が戦後初の五輪参加。2004年アテネ大会の日本人最高成績は障害飛越個人の杉谷泰造の16位。
■五輪メダリストの最年長
1920年、第7回アントワープ大会の射撃ランニング・ディア(単発)団体に出場したオスカー・スパーン(スウェーデン)が最年長。72歳280日で銀メダルを獲得した。
■馬場馬術
五輪で行われる3種(馬場馬術、障害飛越、総合馬術)のうちの1つ。20×60メートルの馬場で、規定のコース、歩き方にのっとって運動・演技をさせ、審査員が採点して得点を争う。馬の調教レベル、騎手の技量が競われる。人馬共に礼儀作法も問われ、馬にもドレスアップが施される。


◆馬術で五輪出場の経験を持つ竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長
「法華津さんは経験が一番あり、自分で調教した馬で出ているのが強み。何十年も朝5時に起きてトレーニングをしてきて、馬乗りのかがみのような人。心からおめでとうといいたい」