北京五輪ニュース

2007年12月03日 更新

【陸上】新婚パワーで北京だ!佐藤、日本選手最高3位

幸せいっぱい。夫婦で北京へ。北京五輪出場が有力となった佐藤(右)が、夫人の美保さん(左)とガッチリ握手(撮影・岡田亮二)

幸せいっぱい。夫婦で北京へ。北京五輪出場が有力となった佐藤(右)が、夫人の美保さん(左)とガッチリ握手(撮影・岡田亮二)

 福岡国際マラソン(2日、平和台陸上競技場発着)五輪が、見えた! 08年北京五輪代表選考会を兼ねた大会で、佐藤敦之(29)=中国電力=が日本歴代4位の2時間7分13秒で日本人選手最高の3位に入り、同五輪出場が濃厚になった。マラソン初挑戦のサムエル・ワンジル(21)=トヨタ自動車九州=が2時間6分39秒の大会新記録で優勝した。

 左手薬指のリングにキスをすると、晴天の空に高々と突き上げる。佐藤は、女子800メートル日本記録保持者で7月に結婚した夫人の美保さん(29)=(旧姓杉森)、ナチュリル=へのラブパフォーマンスをみせながら、ゴールへ飛び込んだ。

 「美保や周りの人の支えがあった。今は感謝の気持ちでいっぱい」。日本人選手のライバルが次々と脱落する中、34キロ過ぎまで優勝したワンジルに食らいついた。9度目のマラソンで自己新を達成だ。給水所に置いたボトルには、美保さんが書いた「アツシならやれる」のメッセージ。北京切符を“共同作業”でたぐり寄せた。

 佐藤の猛烈なアタックを実らせ、結婚。所属先の違いから広島と福島との遠距離生活が続いた。それでも、大会1週間前に美保さんが合流。精神的な弱さが課題だった佐藤だが、シチューなどの手料理や少量のお酒でリラックスさせてくれた。夫婦同伴で福岡入りした際も結婚写真を持参。愛の力がダンナをひと回り大きくさせた。

 「これで美保もモチベーションが上がるはず。一緒に五輪へ出たい」。文字通り夫唱婦随。一家の大黒柱が、大仕事をやり遂げた。

(山田貴史)

■佐藤敦之(さとう・あつし)

 1978(昭和53)年5月8日、福島県生まれ、29歳。会津高から早大を経て中国電力入社。箱根駅伝は第74回(98年)〜76回(00年)に出場。それぞれ1区、4区、2区で力走した。03年パリ世界選手権に出場し、2時間10分38秒の10位。10月の世界ロードランニング選手権(イタリア)ハーフマラソンで、1時間00分25秒の日本最高記録をたたき出した。1メートル70、55キロ。

★そのとき

 最愛の夫の快走を、美保は笑顔で見届けた。「普通にスタートラインに立てば大丈夫だと思っていた。いい走りだったね、と言ってあげたい」。夫婦そろっての出場を目指す北京五輪。新妻は「きょうの敦之の頑張りを引き継ぎます。それでこそ夫婦ですよね」と北京行きの切符を予約した夫に続く。

◆沢木啓祐・日本陸連専務理事

「佐藤のタイムでの評価は高い。最後のまとめ方を意識した練習に取り組んでほしい。もう少し(2時間)7、8分台で走れる選手がいると思っていた。男子の層の薄さを露呈した」