2007年09月22日 更新
【レスリング】伊調千春が金!女子全階級制覇へ好スタート

やった! 3年ごしのリベンジ。伊調千(右)が決勝でメルレニを破り、日本レスリング女子第1号の北京五輪代表を決めた(共同)

感無量。ライバルを倒して勝ち獲った価値ある金メダル(共同)
【バクー(アゼルバイジャン)21日=江坂勇始】世界レスリング第5日(21日、アゼルバイジャン・バクー)女子48キロ級の伊調千春(25)=綜合警備保障=が、アテネ五輪決勝で敗れたイリーナ・メルレニ(ウクライナ)に2−1で競り勝って2大会連続3度目の金メダルを獲得。08年北京五輪の同階級代表に決まった。ライバルを倒し、勢いづく。男子フリー96キロ級の小平清貴(28)=警視庁=は敗者復活2回戦で敗退。120キロ級の田中章仁(24)=FEG=は2回戦で敗れた。
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長かった。この一戦のために、伊調千の3年間はあった。アテネ五輪決勝で苦杯をなめたメルレニへの雪辱を果たし、心の中に巣くっていた敗北感をぬぐい去った。
決勝は激しい消耗戦。1−1で第3ピリオドを迎えた。互いに譲らず、残り30秒。伊調千が相手の左足をつかんだ。最後で最大のチャンス。意地で押し出して待望の1点を奪った。攻勢を続け、最後は2点差で勝利。両手を突き上げた。
今大会の8位以内には来年の北京五輪の出場枠が与えられる。日本レスリング協会では、女子は優勝者を代表とするため、内定第1号に。ライバルを直接叩き、その手で代表の座を勝ち獲った。
「3年前のリベンジを果たせてよかった。イリーナは思ったより攻めてこなかった。第1ピリオドを終わって自分は息が上がっていなかったので、これはいけると思った」。メダルを手にして歓喜の涙を流した。
アテネ直後からリベンジの機会をうかがっていた。だが、05年は51キロ級で再起をはかったが、国内選考で敗れて世界選手権出場すらできなかった。昨年は48キロ級へ戻り、2大会ぶり2度目の金メダルに輝いたが、メルレニは出産で長期休養に入って不在。物足りなさだけが残った。「アイツに勝たないと、わたしのアテネは終わらない」−自らに言い聞かせるように、繰り返した。
63キロ級に出場する妹・馨(23)のサポートも忘れない。15キロも体重差があるにもかかわらず、メルレニの動きをビデオで覚え、練習中にまねてくれた。「体格が違うのに、やってくれていると思うとうれしかった」。自身の練習時間を犠牲にしてまで付き合ってくれた妹の期待に、応えることができた。
感謝もエネルギーにかえた。伊調千は5月のアジア選手権(キルギス)を腰痛のため棄権した。今年から、国際レスリング連盟(FILA)は、世界選手権出場者には大陸選手権への出場を義務づけており、この条件を満たすことができなかった。一時は今大会にエントリーできなくなる可能性もあったが、日本レスリング協会・福田富昭会長(65)が、FILAの副会長を務めていることもあって出場に向けて尽力。6月にエントリーが認められた。
アテネ五輪では果たせなかった、馨との姉妹Vへ夢もつないだ。「北京で姉妹で金メダルを獲る夢に近づけた」。3年前の悪夢を清算し、迷いなく前へ突き進む。
■伊調 千春(いちょう・ちはる)
1981(昭和56)年10月6日、青森県生まれ、25歳。京都・網野高−中京女大−綜合警備保障。5歳からレスリングを始め、アテネ五輪女子48キロ級で銀メダルを獲得。妹・馨(かおり)も同63キロ級金メダリスト。1メートル57。
★そのとき
63キロ級の妹・馨はマットを囲んだフェンスの外から姉の激闘を見守った。「決勝戦が一番いい試合だった。(1度)負けた相手は怖いし、気が引ける。でも、勝つことによって次にいける」と、姉のリベンジに拍手を送った。最終日の23日には5大会連続5度目の優勝をかけて自身がマットに上がる。一足先に北京行きを決めた姉を追いかけ、「次は自分も…」。妹も金メダルをつかみ獲る。
★吉田沙保里「やるしかない」
5大会連続5度目の優勝を狙うアテネ五輪55キロ級金メダルの吉田沙保里(綜合警備保障)は54.9キロで前日計量をパスした。「厳しい戦いになると思うけど、やるしかない」と表情を引き締めた。1回戦から登場することになり、優勝すれば公式戦の連勝は「115」まで伸びる。
■レスリング世界選手権
グレコローマンスタイルは1904年から、フリースタイルは1951年から始まり、ともに61年以降は五輪開催年を除く毎年開催となった。女子は87年にスタート。男子は3位以内、女子は五輪実施4階級で優勝すれば、北京五輪の日本代表に内定する


◆栄和人・日本女子監督
「立てた戦略通りにいった。冷静だった。接戦ならば、相手は出産もしているし、バテると思っていた。スタミナ勝ちもある」