夏季五輪ヒストリー

【第81号】斉藤仁−抜群の強さで頂点に
(84年ロサンゼルス・柔道・95キロ超級)

★組み手を替える“大手術”実る

斉藤仁

1984年ロサンゼルス大会、柔道95キロ超級で優勝した斉藤仁

世界のトップに君臨する山下泰裕の陰に隠れていた男が、斉藤時代へ大きな一歩を記した。各国の強豪が山下の出場する無差別級を避け、95キロ超級に集中するなかで、23歳の斉藤は初戦から抜群の強さを発揮。1回戦を17秒、2回戦は47秒、準決勝は47秒と、いずれも内またで1分以内の1本勝ち。決勝は、相手のパリジ(フランス)が逃げ回り、優勢勝ちで金メダルを獲得した。

1メートル80、140キロの堂々たる体格の持ち主。出産時は4500グラムのジャンボベビーだった。ラグビーでならした父・伝一郎さんのスポーツ好きの血筋を受け、小6時には、1メートル69、70キロにまで成長。中1のときドラマ「柔道一直線」にあこがれて柔道を始めると、たちまち青森に怪童ありのうわさが全国に広まった。 スカウトに訪れた国士舘高校の川野一成監督は、打倒・山下の可能性をひめた斉藤に一目ボレ。組み手を右から左に組み替える“大手術”をほどこした。これが実って、五輪前年の世界選手権無差別級で最初のタイトル獲得。この五輪選手村では同じような体型から「ヤマシタ!」と間違えられることも多かったが、この金メダルで「強いサイトウ」を大きくアピールした。