夏季五輪ヒストリー

【第74号】蒲池猛夫−48歳の“おじいちゃん”が快挙
(84年ロサンゼルス・射撃・ラピッドファイアピストル)

★ロウソクの炎見つめて鍛えた不動心を発揮

蒲池猛夫

1984年ロサンゼルス大会射撃ラピッドファイアピストルで金メダルを獲得した蒲池猛夫(中央)

国際政治の嵐にのみ込まれた80年代のオリンピック。モスクワ大会の参加をボイコットし、8年ぶりの出場となったロサンゼルスで、日本の金1号となったのは、選手団最年長、孫もいる48歳の蒲池だった。

ラピッドファイアピストルは、8秒射、6秒射、4秒射の順に、いかに正確に25メートル先の的を射抜くかの“早わざ”を競う。前半4位だった蒲池は、8秒射、6秒射と満点。4秒射の最初の5発で2つ外したが、残りは無造作にみえるほどすっと右手を上げて打ち抜いた。

満州生まれ。宮崎県の中学を卒業後入隊した自衛隊で、26歳のとき上官の命令で受けた射撃検定で特級の成績を挙げ、東京五輪に備えて開校した自衛隊体育学校に一期生で入った。東京、メキシコ、ミュンヘンに続き、4度目の代表に選ばれたモスクワが不参加となり、一度は引退。

しかも翌年には、草刈り中に利き手の右手人差指と中指のけんを切断する射撃手として致命的なけがを負った。

コーチの強い勧めで現役復帰。締め切った部屋で一日中、ロウソクの炎を見つめて鍛えた不動心が、22年の競技生活最高の結果に結実した。