夏季五輪ヒストリー

【第73号】上村春樹−日本柔道悲願の無差別級制す
(76年モントリオール・柔道・無差別級)

★“神永の屈辱”12年ぶりに晴らす

上村春樹

 1976年モントリオール大会柔道無差別級決勝で攻める上村春樹(下)

25歳の上村(うえむら)が、日本柔道悲願の世界一の座に輝いた。

柔道が初めて採用された64年東京五輪の無差別級決勝。日本の神永昭夫5段がオランダのヘーシンクの巨体に抑え込まれるのを、中学2年生の上村は、テレビで見ていた。

東京の次に柔道が実施された72年ミュンヘンでも、優勝はオランダのルスカ。無差別級制覇は本家・日本柔道の12年越しの宿願だった。

1メートル74、108キロの上村は、事実上の決勝といわれた準決勝、チョチョシビリ(ソ連)戦で足払い、背負いと積極的に動き優勢勝ち。決勝では、1メートル89、115キロのレムフリー(英国)を、大内刈りでで倒し、すかさず崩れ上四方固めで一本勝ち。東京での神永の全く逆を演じて、悲願の金メダルを獲得した。

熊本生まれの肥後もっこす。幼稚園を“退園”されられたほどのやんちゃぶりに手を焼いた父親が、強制的に連れていったのが柔道との出会い。八代東高時代は無名だったが、進学した明大で神永の指導を受けて才能が開花した。名門・明大にとっても、神永、篠巻(ミュンヘン代表)に続く、3度目の挑戦での悲願達成だった。