夏季五輪ヒストリー

【第63号】川口孝夫−骨折に耐え見事な一本勝ち
(72年ミュンヘン・柔道・軽量級=63キロ以下)

★「寝技では負けない」

川口孝夫

1972年ミュンヘン大会柔道軽量級決勝でブイダーを抑え込む川口孝夫

22歳の明大生、川口が骨折に耐え、見事な一本勝ちで日本に3個目の金をもたらした。

前年の世界選手権で、今大会の軽中量級の金メダリスト、野村を下し世界王者になった川口は、1、2回戦を順当勝ち。3回戦のブイダー(モンゴル)戦で思わぬアクシデントに遭遇した。モンゴル相撲で鍛えた怪力選手の抑え込みから脱出しようとしたときに、右の第8、第9肋骨を骨折。軟骨にもひびが入った。異常に気づいた神永コーチは医師の診察を受けることを勧めたが、「ストップされたら困る」とそのまま強行。辛くも判定勝ちすると、続く4回戦も乗りきった。

控室に戻っての治療は、脇腹を包帯でぐるぐるに巻き、痛み止めの注射を打っただけ。準決勝のキム(北朝鮮)を横四方固めで退け、決勝の相手は再びブイダー。

川口の大苦戦が予想されたが、右小内刈りで倒しすぐ上四方固めでわずか39秒1本勝ち。激痛をこらえての金だった。

外国報道陣から「ニンブル&クイック」(すばしっこくて速い)とたたえられた川口がもっとも得意としたのが寝技。「寝技では負けない」という意地が光った。