【第61号】関根忍−薄氷の思いで手にした金
(72年ミュンヘン・柔道・中量級=80キロ以下)
★敗者復活で救われ、決勝も判定分かれる

1972年ミュンヘン大会、柔道中量級決勝で決める関根忍
東京五輪以来8年ぶりに正式競技として採用された柔道。最初の重量級で赤鬼ルスカ(オランダ)に西村が敗れ(銅)、続く軽重量級では世界王者の笹原がまさかのメダルなしに終わる逆風の中、28歳のベテラン関根が薄氷の思いで、日本初の金を手にした。
体重80キロながら、この年の全日本を制した関根だが、5回戦で韓国の呉に敗れてしまう。呉が勝ち進んだために敗者復活で救われ、決勝は再び呉との対戦。序盤は一方的に攻められたが、残り数十秒になって捨て身の反撃。体落としで呉をぐらつかせた。旗判定は副審が赤白の2つに分かれ、オランダの主審は関根の赤。辛くも勝ち取った金メダルだった。
東京五輪金の岡野功とは、同じ茨城出身で、同年齢のライバル。左手をぐいと伸ばして肩越しに背中をつかむ変形の組み手で、実力を伸ばした。岡野の金に刺激され、メキシコを目指したが、柔道の採用はなし。五輪出場を信じてひたすら努力を重ねた末の戴冠だった。

