夏季五輪ヒストリー

【第54号】加藤沢男−最後にピタリ、逆転の金
(72年ミュンヘン・体操・男子個人総合)

★史上初、個人総合で日の丸独占

加藤沢男

世界より、国内で勝つ方が大変。圧倒的な力で男子団体4連覇を達成した日本にとって、残された関心は、誰が個人総合を制するか、の一点だった。

団体の規定・自由の得点で個人総合優勝も決めていた前回までと異なり、この大会から、団体の得点の半分を持ち点として、改めて上位36選手が自由演技を行って優勝者を決める方式。持ち点順位は、(1)加藤(2)監物永三(3)笠松茂(4)中山彰規と上位4人がすべて日本選手。いやがおうにもライバル心は高まった。

下馬評は、2年前の世界選手権を制した監物。だが、メキシコの覇者、加藤の五輪にかける気迫と底力は違っていた。

1種目目の床で9・20に終わり、すぐに監物に抜かれ、5種目目の時点では、中山にも抜かれ3位に落ちていたが、最終種目の鉄棒で、後方2回宙返りのウルトラCをぴたりと決め、9・75。0・075差で監物を大逆転。見事史上3人目の個人総合連覇を達成した。3位も中山で個人総合での表彰台独占は史上初。

25歳の加藤はメキシコ五輪中に腰つい分離症を発症し、その2年後には右足のアキレス腱を切断。けがに泣かされなが続けながら、大舞台での勝負強さを発揮した。