夏季五輪ヒストリー

【第29号】市口政光−“伝統のグレコ”初の頂点
(64年東京・レスリング・グレコローマン・バンタム級=57キロ)

市口政光

1964年東京大会、レスリングで優勝した市口政光(中央)の表彰式

★異色の「サラリーマン選手」

古代オリンピックに遡る伝統のグレコローマン・レスリングが、日本で本格的に始まったのはローマ五輪前年の59年。それからわずか5年、フリー一辺倒だった日本に、初の金メダリストが誕生した。

市口は、大会直前に右足首をねんざするアクシデントに見舞われたが、前半を休み後半勝負を賭けるスタイルで勝ち進み、5回戦でシュベツ(チェコ)に判定勝ち。夜の決勝リーグを待たずに優勝を決めた。

24歳の市口は当時としては異色のサラリーマン選手。高校時代は柔道に親しんだが、メルボルン五輪の金メダルラッシュに刺激され、レスリングに転向。バック投げ、かかえ投げなど大技連発の姿に魅せられ、グレコ一筋の道を歩んだ。

指導にあたったトルコ人のユセセフコーチとは、自宅に泊め、マクラを並べて話しているうちに、いつの間にかフトンがマットに早変わりすることも度々だったという。

関大卒業後、競技を続けるため東京の大学進学を考えたが、父親が事業に失敗し断念。就職した会社の理解で、午前中仕事、午後から練習という生活で悲願を果たした。