【第110号】柴田亜衣−驚異の猛スパート、シンデレラ誕生
(04年アテネ・競泳・女子800メートル自由形)

空前の快挙を達成した柴田の笑顔が、水面で弾けた
追う。追いつく。並ぶ。750メートル、最後のターン。柴田のロケット・スパートが火を吹いた。後続をグングンはなして、トップでゴール! 日本の競泳女子の歴史が塗りかわった瞬間だ。だれもやったことのない五輪女子自由形での優勝。たくましく日焼けした顔に、対照的な白い八重歯をのぞかせて、柴田が会心の笑みを輝かせた。
「泳ぐ前にコーチから慌てず、焦らず、あきらめずといわれた。これを頭の中で繰り返していた」
「2番手」の殻をついにその手で打ち破った。日本の中長距離エース、山田沙知子の陰に常に隠れた存在だった。03年の世界選手権(バルセロナ)の代表だが、スポットが当たるのはいつも山田だった。それが五輪シーズンに入り、メキメキと頭角をあらわした。
圧巻は、五輪代表選考会の日本選手権(4月)。400は5秒36、800は10秒69も、自己ベストを更新。400自は五輪でさらに更新。驚異的な伸びだった。「遠い存在だった」という山田との距離も縮まり、ついに本番では逆転してしまった。
03年10月、アテネを真剣に目指すことを決めた。指導する田中孝夫コーチは、柴田に言った。「悪い結果になった場合は、選手生命が終わるかもしれない。おれに命を預けろ」。柴田は言った。「命、預けます」−。二人三脚の特訓は、代表集合のギリギリまで追い込み続けられ、成果に結びつけた。
子供のころから体が大きく、目立つまいと、逆に控えめな性格になっていた。いまでは山田のことを「ほかの人もいるので、特に意識することはない」と言い切れるまでに自信をつけた。女子自由形で日本初の金メダル。これも北島の2冠に負けない、夢の快挙だ。

