2008年05月29日 更新

55年ぶり“快挙”やで!40歳金本が18歳唐川から22歳差弾!

三回、7号2ランを放つ金本。歴史に残る一撃(撮影・森田達也)

三回、7号2ランを放つ金本。歴史に残る一撃(撮影・森田達也)

 (交流戦、阪神4−5ロッテ、1回戦、ロッテ1勝、28日、甲子園)圧巻のオヤジ弾!! 阪神・金本知憲外野手(40)が三回、ロッテ・唐川侑己投手(18)から今季甲子園第1号となる7号2ラン。逆転負けで水曜日の不敗神話は途切れたものの、18歳投手からの40代アーチは55年ぶりの“快挙”となった。

 雨の降る聖地。勝てなかった。それでも不惑の意地とパワーを見せつけた。金本が年齢差を超越した闘いを見せつけた。

 「1打席目で真っすぐがいいと思ったので、それを完ぺきに打ちたかった。いいピッチャーの真っすぐをね」

 マウンドには高卒のルーキー右腕の唐川。表情にはまだ、あどけなさが残る。それでも「2、3年後が楽しみなピッチャーやな。最近の高校生は、ホンマすごいな」。好投手と認める相手のストレートを打ち抜いたことが、スラッガーとして価値あることだった。

 2−0の三回無死一塁。初球だった。「甘いボールだったからな」。真ん中低め直球をたたいた打球は浜風に乗り、中堅左に吸い込まれた。年齢差は22歳。プロ17年目の先輩が貫禄を見せつけた。金本自身、最も年下の投手から打った“記念弾”になった。

 40歳代の選手が18歳投手から本塁打を放つのは53年4月29日に41歳2カ月の岩本義行(洋松=現横浜)が18歳6カ月の川本徳三(広島)から打って以来、55年ぶりの快挙。岩本は金本にとって広陵高(当時広陵中)の大先輩で、打率3割、30本塁打、30盗塁の「トリプルスリー」を初めて記録した“先人”。縁と歴史が金本を手招いていたわけだ。

 しかも18試合目にして聖地初アーチ。本塁打1本につきファンへの家族ハワイ旅行プレゼントも、やっと達成できた。これまでの不発には「思いっきり気にしとるわ」。29日の第2戦は空模様が怪しく、雨天中止の可能性も高い。この日が5月のラストチャンスとも考えられる状況で、勝負強さを発揮した。

 試合前の打撃練習。「レフトへの打ち方を忘れてる。練習して思いださないとアカン」。その言葉を体現するように逆方向へ角度のついた、強い打球を放っていた。打球がスタンドまで届かないと、悔しそうな表情を見せ、サクを越えれば、ケージ裏で見つめる広沢打撃コーチと目を合わせ豪快に笑った。

 一回の先制打、五回の中前打で今季6度目の猛打賞をマークした。4−0からの逆転負けで水曜日の不敗神話は「8連勝」で止まったが存在感は示した。

 「まだまだや。まだまだ」

 試合後はベンチ裏のミラールームで素振りをくり返した。3打点を加え、チームトップの39打点。まだ進化を続ける金本が4番に座る。だから、このチームは強い。

(山田結軌)

■岩本 義行(いわもと・よしゆき)

 1912(大正元)年3月11日、広島県生まれ、96歳。広陵中−明大−大同電力を経て、38年に南海入団。50年に太陽(現・横浜)で打率.319、39本塁打、34盗塁の史上初のトリプルスリーを達成。51年8月1日の阪神戦では史上初の1試合4本塁打を記録した。その後引退したが、56年に兼任監督として東映に復帰。57年に史上最年長記録の45歳5カ月で本塁打を放ち、同年に現役引退。60年まで指揮を執った。81年に野球殿堂入り。通算成績は856試合に出場し、打率.275、123本塁打、487打点。監督では370勝532敗20分け。右投げ右打ち。