2008年05月14日 更新
金本400号、男気メモリアル弾!トラ大敗もこれで許せ!

鉄人が決めた!!雨の中、九回に通算400号を放った金本は打球の行方を目で追った

お祝いの花束を掲げる金本。史上最高齢の達成だ
(セ・リーグ、広島9−3阪神、6回戦、阪神4勝2敗、13日、富山)アニキ偉大や、400号や−。阪神・金本知憲外野手(40)が広島戦(富山)で今季6号2ランを放ち、史上15人目となる通算400本塁打を達成した。どしゃ降りの雨のなか、劣勢の終盤で魅せた一発こそ鉄人の意地。魂のこもった記念弾だ。
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立山連峰へ。富山の虎党の涙雨をぬぐいさるライナー性の打球が、夜空を貫く。1万6392人が歴史の証人となった。金本が史上最高齢の40歳1カ月で通算400本塁打を達成。2000安打に続いて、また1つ球史に大きな足跡を残した。
「(初球打ちは)狙っとらんよ。でも、富山のファンが、期待してくれとったからな」
大敗の試合での偉業到達に口数は少なかった。降りしきる雨のなか、手渡された花束を軽く掲げた。
九回一死一塁。1−9。すでに大勢は決していた。八回から降り始めた雨は、落胆した左翼スタンドの心の声のようだった。それでも止まない大声援に、アニキの男気が奮えた。横山の初球。真ん中に甘く入ってきた138キロのストレートを、完ぺきにとらえた。4試合ぶりの6号2ラン。記念のアーチは、右中間席へと吸い込まれた。

右翼席の芝の上に残る400号の着弾点
「思い出深い? 別にそうでもないよ」
鉄人は意に介さなかったが、運命に導かれたメモリアル弾だった。富山は、2度目のオールスター出場を果たした96年、第3戦で1号3ランを放ち、初のMVPに輝いている。“金本”の名を全国の野球ファンに鮮烈に印象づけた舞台で、大記録を達成した。
金本にとってホームランとは…。「別に、そんなのはないな。知らんよ」。笑って受け流すが、本塁打こそが、鉄人のアイデンティティーにほかならない。
21打席連続無安打と、深刻な不振に陥っていた4月末の甲子園。試合前の練習でバットを強振する姿があった。強い浜風に逆らって、あえて本塁打を打とうとしていた。
「カネ(金本)はね、意地になってんのよ。ケンカなのよ、浜風とね」
広沢打撃コーチが、心情を代弁した。7日の巨人8回戦(東京D)では頭部死球を受けた次の打席で、右翼席に5号ソロをたたき込んだ。ホームランを打つことは、勝負師としての意地を見せつけることなのだ。
「遠くに飛ばすことは天性のものだ」と語ったこともある。野球の神様に祝福された者だけに許される、華麗な放物線。広島から移籍1年目の03年。本塁打数は19本に落ち込んだ。オフに肉体を鍛え直し、04年には34本、05年には自身最高の40本をマークした。「もう一度、40本打ちたい」。これが口癖だ。50歳現役を目指すアニキにとって、ホームランを打つことこそ、自身の進化を確認する意味合いも持っている。
「400本? プロに入ったときには、考えられなかった数字。次は500本をメドにしたい」
2000安打を達成したあと、早々に本塁打の目標も上方修正した。左ヒザの手術を乗り越えて挑んだ08年。偉業をクリアし続ける。無限大の可能性へ、鉄人は走り続ける。
(野下俊晴)
■プロ野球15人目
阪神・金本知憲外野手(40)が13日、広島6回戦(富山)の九回に横山から6号2ランを放ち、プロ野球15人目となる通算400本塁打を達成した。40歳1カ月での400号は07年のローズ(オリックス)の39歳0カ月を超えて史上最高齢となる。初本塁打は広島時代の93年9月4日の横浜戦で三浦から放った。金本は今年の4月12日には通算2000安打を達成。

ホームランボールを手にする家原貴大さん(右から2人目)
★カープファン大興奮
金本の通算400号のホームランボールは、古巣のカープファンがキャッチした。“お宝”をつかみ取ったのは、富山市在住の家原貴大さん(21)=富山大3年=だ。島根県出身の鯉党で、警備員に誘導されて球場事務所にボールを届けた。「まさかでした。傘をほうり投げて捕りに行きました。広島時代は金本選手が好きだった」と大興奮。記念のボールは球場関係者を通じて、後日、球団に届けられる。
■金本400号アラカルト
★15人目 史上15人目(日米通算のヤンキースの松井秀を含めると16人目)。現役では清原(オリックス)の525本、ローズ(同)の412本に続く3人目
★大卒5人目 大卒で400本塁打を放ったのは91年の落合(東洋大卒、現中日監督)以来5人目。他には長嶋(立大卒)、田淵、山本(ともに法大卒)の3人がいる
★球団史上初 田淵幸一は西武移籍後の81年に達成。阪神在籍時の達成では初
★大器晩成 40歳1カ月での到達は、39歳0カ月のローズを抜いて史上最高齢。史上最速は王貞治(巨人、現ソフトバンク監督)の29歳4カ月
★試合数 1935試合は、張本勲(東映、巨人など)の2031試合を上回る史上12位。史上最速は王貞治の1422試合
★初本塁打 93年9月4日、横浜戦(北九州)で三浦から
★区切り 100本は97年9月9日、阪神戦(広島)で藪から。200本は01年7月7日、阪神戦(同)で谷中から。300本は05年4月9日、横浜戦(甲子園)で斎藤隆から。ちなみに100本目のみ黒星で、200、300本が出た試合は勝利している
★カモ? 三浦(横浜)からの12本が最多。上原(巨人)と川上(中日)が11本で続く
★方向・内容 計400本のうち、右248本、中80本、左72本。内容別ではソロが217本、2ランが122本、3ランが53本、満塁弾が7本
★球場別 セ・パ両リーグの全本拠地12球場を含む計32球場で記録している。最多は広島市民球場の122本。それに続くのが甲子園の70本
◆ソフトバンク・王監督
「大学出で400本というのは立派。この前も頭への死球もあったし、ふつうの精神力じゃできない。本数は別として、野球選手の手本になると思う。プロ野球選手らしいというかね。本当におめでとうといいたい」
◆金本が通う広島のトレーニングジム、アスリート・平岡洋二社長
「400号は2000安打より達成感があるだろうね。入団当初にひ弱な体を思い返せば、筋力トレーニングに関わった人間としては記録の達成に少しは貢献できたかな、と思うよ」








◆阪神・岡田監督
「勝ちゲームの方がよかったな。でも、まだ通過点。まだまだこれから打てるよ。並の選手ならベンチに下げている? そんなこと(金本の場合は)考えてへんよ。金本らしい? (2000安打に残り1として、あと1本が出なかった4月6日の巨人戦の)東京ドームのときみたいに、あしたに取っとくんかなと思ってた(笑)。(きょうは)ホームランは打たんと思ってたけどなぁ」