2008年03月27日 更新

【虎のソナタ】虎トレーナー「故障者続出アカン」

神社参拝に参加した宮崎オーナーと南球団社長(右から)

神社参拝に参加した宮崎オーナーと南球団社長(右から)

 この日、阪神は恒例の西宮神社参拝でした。先の広田神社では“必勝祈願”を。このエベッさんでは『商売繁盛』を願うわけです。

 トラ番キャップ大沢謙一郎は神社本殿まえの池の端にあるベンチに前チーフトレーナーの猿木忠男氏(現球団本部付)がポツンと座っているのをみつけた。それで並んで腰掛けて「猿木さんは中に入りまへんのん?」ときけばこのベテラントレーナーは静かにこういったそうだ。「もともとトレーナーはここ西宮神社参拝には来ないんや。だからオレも外なんや」なぜですか?「だってここは“商売繁盛”の神様やで。我々が商売繁盛…ということはチームに故障者が続出するということになるやろ。それはアカン。だから『我々の商売があがったりでありますように…と外でお願い』するわけや…」。大沢、ナルホド!である。

 参拝が終わってトラ番森井智史は久保コーチに「今年の投手陣はみんなイイ状態ですね」といえば久保さんは「それがオレだけイイ状態じゃないんだよ」と苦笑した。聞けばこの朝、自宅から甲子園に向かって高速道路に入ろうとしたらETCカードが途中で引っかかっていたらしく入り口でゲートが上がらなかった。それでガチャン! となってミラーはぶっ壊れるわ、愛車はキズだらけ…「ね、だからオレだけがイイ状態じゃないんだ」という次第。森井は「でも久保コーチがイイ状態で投手陣が悪い状態よりはいいですネ」と言おうとしてあわてて言葉を飲み込んだ。

 その頃、同じトラ番川端亮平は西宮神社吉井良昭宮司(56)を取材していた。宮司は川端に「甲子園と西宮神社の深い関係」をルル説明してくれた。それによると大正13(1924)年に西宮神社におまいりにきた阪神電鉄の三崎省三専務(当時)が神社にかかっている『十干十二支の頭に当たる甲(きのえ)子(ね)』の年というのを見て「これは誠に縁起がいい」としてこの年の夏に竣工した新球場を『甲子園』と命名したという。

 ところが川端はその頃はかげも形もこの世には存在していないから「三崎専務」と聞いて「なんだ本社のNo.3かいな」と思い、こりゃあ原稿にならん…と勝手に思い込んでウワの空。このバチあたりめが…。吉井さんスイマセンでした。

 三崎専務とは米国パーデニー大学電気科を卒業した人物で、なんど頼まれてもガンとして「社長」にはならず専務の肩書きのままで電鉄トップとして経営に当たった伝説のサムライ。当時、京大工学部を出たばかりの新人技師野田誠三(後にオーナー)に命じて甲子園球場の設計をやらせた太っ腹。ただし野田さんが「ヤンキースタジアムを参考にしたいから米国出張を…」と申し出たら「まかりならん!」といった。経費節減の鬼の部分だけは我が越後屋部長植村徹也そっくり。だがソレ以外はすべてスケールのでかい人でやがて阪神が球団を持つに至ったのもこの三崎専務の存在が大きかったのだゾ。

 それを“なんだ、専務か…”とは川端のコンコンチキめ!!