2008年04月23日 更新

巨人愛で一丸…クルーンの復帰に内海“奮投”で2勝目!

クルーンの気合。内海が燃えた。G投一丸。快勝だ(撮影・塩浦孝明)

クルーンの気合。内海が燃えた。G投一丸。快勝だ(撮影・塩浦孝明)

ブルペンで投球練習を行ったクルーン。この姿にナインが燃えた(撮影・塩浦孝明)

ブルペンで投球練習を行ったクルーン。この姿にナインが燃えた(撮影・塩浦孝明)

 (セ・リーグ、巨人6−1横浜、3回戦、巨人2勝1分、22日、宇都宮)オレがオレが…のオレオレ快勝!! 巨人・内海哲也投手(25)が、22日の横浜3回戦(宇都宮)で八回途中1失点の好投。今季2勝目をあげた。気合の導線は祖母の葬儀で帰国していたマーク・クルーン投手(35)だ。成田空港から宇都宮に直行してスタンバイ。登板はなかったが、守護神の復帰にチームは活気づいた。52年ぶりとなった宇都宮での公式戦に6−1で勝って4位浮上。今度こそ…。ここから逆襲する。

 1万8564人の観衆に向かってVサインだ。52年ぶりにオレンジに染まった宇都宮で、内海が八回途中5安打1失点の好投。連敗脱出の救世主となった。

 「とにかく自分のピッチングをすることだけを考えた。三回以降は自分なりのリズムで投げられた。完投できればと思って投げた」

 木佐貫、上原で連敗。借金は5に膨らんだ。これ以上は負けられない。気合十分で臨んだマウンド。そんな内海をさらに奮い立たせたのが、守護神クルーンだった。

 祖母の葬儀のため18日に一時帰国し、この日来日。本来は23日に東京ドームの横浜戦で合流予定だったが、志願して宇都宮に直行した。

 米アリゾナ州フェニックスからサンフランシスコを経由し、午後3時に成田空港へ到着。成田エクスプレス、東北新幹線を乗り継いで、試合開始直後に球場入り。実に20時間超、9450キロもの長旅を経てやってきた。六回にブルペンへ向かうと、宇都宮清原球場はどよめいた。

 「投げるためにここまで来たから投げたかったけど、チームが勝ててよかった」

 米国滞在中もチームの情報は得ていた。息子と公園で遠投を行って調整し、コンディションは整えてきた。八回に2点を加えて5点差がついたため、九回の登板は見送られたが、その姿はまさに“助っ人”だった。

 エース上原の調子が上がらず、この日からの6連戦を先発投手5人で乗り切ろうという苦しい台所事情の中、内海が116球の熱投。原監督は「120球はいかせたくなかった」と八回途中で降板を決断。中4日で27日の阪神戦に先発させる方針をとった。クルーンについても「フォア・ザ・チームだね」とその姿勢を絶賛した。

 「言われたところでしっかりと結果を残すのがボクの仕事。中4日といわれたら、それに合わせて調整するだけ」

 内海が力強く言い放った。快勝で4位浮上。上原の復調まではオレたちがG投を守る。内海がクルーンが、オレがオレがの気合が宇都宮に充満した。いざ、反攻−。

(星直樹)

■約2000キロ移動

 クルーンの9450キロには負けるが、内海の移動も大変なもの。先週の14日から東京〜名古屋〜広島〜東京〜宇都宮と西へ東へ。新幹線を利用したとはいえ、移動距離は約2000キロだった。 それでも、前日21日にはわずかな時間を利用し、自宅で待つ生後5カ月の長男・瑛太くんと“面会”した。「さすがに疲れていますよ」と苦笑する左腕は、2つ目のウイニングボールを片手に、家族が待つ東京に戻る帰りのバスに笑顔で乗り込んだ。

★時差は約16時間

 クルーンが帰っていたのは、先月末に亡くなった祖母のヒルダ・バヌーチさんが住んでいた米アリゾナ州フェニックスにある自宅で、日本との時差は約16時間。この日の試合終了は日本時間の午後9時13分。仮に九回に登板していたら…。成田への約17時間のフライトと、成田から宇都宮へ直行した強行軍のあと“午前5時”に投げていたことになる。

★参りました

◆内海について巨人・尾花投手総合コーチ

「最後までいってほしかったけど…。まあ、よかったですよ」

◆横浜・大矢監督

「打てなかった。こんなだらしない負け方は嫌だな」