2008年04月18日 更新

楽天・岩隈が3勝目&防御率で2冠!ついに敵地連敗ストップ

雨の中、ロッテキラーぶりを発揮して、3勝目をあげた岩隈

雨の中、ロッテキラーぶりを発揮して、3勝目をあげた岩隈

 (パ・リーグ、ロッテ2−11楽天、6回戦、楽天4勝2敗、17日、千葉)降りしきる雨も敵ではなかった。ぬかるむマウンドにも安定感は揺るがなかった。不名誉なビジター8連敗をストップしたのは、“ロッテキラー”のエース岩隈だった。

 「投げるための準備をしてきたから、中止にならないでよかった。足場は悪かったですけど、変化球を低めにと意識して修正ができました」

 ロッテ戦は05年8月3日を最後に負けなし。MAX148キロの直球を打者の胸元に投げ込み、フォークを足元に落とす。10奪三振は、04年8月3日の日本ハム戦以来なんと4年ぶりとなる2ケタ奪三振。対ロッテの連勝は「6」に伸ばした。

 約束の3勝目だった。前回10日の日本ハム戦(札幌ドーム)。ダルビッシュとのエース対決で同じ被安打3ながら、0−1で敗戦投手。試合後、ロッカールームで岩隈を囲む野手の輪ができた。山崎武、礒部らが「悪かった。次は絶対に打つから」と口々に謝った。打線は約束通りの爆発で援護した。

 「数字は投手として、意識します。ダルビッシュは特に前回投げ合っていますからね」

 味方の失策で2失点も自責点は0。防御率は0.46となりダルビッシュを上回った。最多タイの3勝と合わせて2冠だ。「優しさ」が代名詞だった男が、今季はライバルの名をはっきりと口にするなど、変わった。「(同僚の)田中に負けない気持ちでやっている」と開幕投手をめざした。野村監督の下での過去2年、シーズン通して貢献できなかった。無念が強い言葉になって表れる。苦難がエースのイメージを変えつつある。

 「岩隈なら、ダルビッシュを超えても不思議じゃないやろ。互いに切磋琢磨して、競い合っていけばええんや。一流は一流が育てる」と野村監督。岩隈が不動のエースとして君臨していれば、楽天も上昇気流に乗る。

(加藤俊一郎)

ノムさんのつボヤキ

 (自ら切り出して)

 「(雨で)重馬場に強い楽天を、敵は知らなかったな。根拠はある。でも教えない」

 ――悪天候だった

 「しょせん(試合実施は)無理だよ。どの天気予報見ても悪い。無理してやって、勢いで3連勝狙っていたんだろうけど、そうはいかんわい。ウチにも意地がある」

 ――ビジターの連敗が止まった

 「連敗ね、そういうこともあるわな。気にもしていなかった」

 ――岩隈が力投

 「悪条件の中、本当によくがんばった。まして(四回に外野の2失策で)味方に足を引っ張られて、よく2点で踏ん張った。同点は覚悟した場面、どうかリードされんように祈っていた」

 ――エラーをした鉄平が6打点

 「岩隈に責任を感じていたんだろう。(10日に日本ハム・ダルビッシュに3安打完封された)前回の借りを打者連中が感じていた。絶対打って返すと、ベンチの裏で言っていたらしい。いい雰囲気だ。お互いがいい効果で、チームが機能していってくれれば、いいチームになっていくわい」

 ――勝って仙台に帰る

 「きょうの1勝は監督としては非常に助かった。借金3にならず、1で帰れる。最低1勝2敗と思っていたから、3連敗を免れて御の字だ」

★6打点!スクイズ失敗!失策!鉄平“大暴れ”

 鉄平が先制2点二塁打にダメ押し1号3ラン&犠飛と、球団タイ記録となる1試合6打点。「(岩隈は)点を取れば必ず勝てる投手なので何とか援護したかった」とサラリ。二回にはスクイズ失敗の結果ながら本盗、さらに四回には失点につながる失策と、バット以外でも“大暴れ”だった。

■岩隈・楽天入団後の苦闘

 ◆2005年 球団初の開幕投手を務めるなど、1年間先発ローテを守り続けたが慢性的な右肩痛に悩まされ、防御率は規定投球回に達した投手のなかでワーストとなる4.99だった
 ◆06年 右肩痛の影響と2段モーション禁止によるフォームの改造で開幕2軍スタート。8月29日、1軍に復帰し9月12日のロッテ戦(千葉マリン)で371日ぶりの白星を挙げたが、1勝(2敗)どまり
 ◆07年 開幕投手を任されたが、広背筋炎症により開幕1週間で登録抹消。4月下旬に復帰したが、5月18日に左脇腹肉離れで全治3週間の離脱。シーズン終了後に右ひじの軟骨除去手術を受けた