2008年04月05日 更新

【センバツ】史上14人目!沖縄尚学・比嘉監督が選手&監督V

比嘉監督は史上14人目のうれしい胴上げだ

比嘉監督は史上14人目のうれしい胴上げだ

 (第80回センバツ高校野球大会、最終日、決勝、聖望学園0−9沖縄尚学、4日、甲子園)9年前にエースとして優勝している沖縄尚学・比嘉公也監督(26)は、史上14人目の選手と監督両方での甲子園優勝となった。

 「今まで経験したことのないような不思議な感じ」。就任2年目でのスピード優勝にも、比嘉監督に実感はなかった。くしくもこの日は、9年前比嘉監督が優勝した日と同じだった。

 選手生命をひじのケガで絶たれ、指導者の道を選んだ。「キャッチボールをするだけでも痛かった」。当時思うように投げられなかった悔しさを胸に指導者として生徒と接してきた。

 「おごることなくチームを鍛え直して、またここに帰ってきたい」。選手として監督として優勝という史上14人目の快挙に満足することなく、夏へ向け走り出す。

(高橋かずみ)

◆99年初優勝時の主将で4番を務めた広島・比嘉寿光内野手

 「OBとして誇りに思う。春夏連覇に向けて頑張ってほしい。表彰式を見ていて、自分たちの時とダブってみえた」

◆99年春に初優勝した時の監督、長崎日大高・金城孝夫監督

 「チームづくりに彼のしんの強い人柄がにじみ出ている。26歳でよくあんな采配(さいはい)が振るえたなと感心している。教え子が優勝し、これ以上の喜びはない」

◆仲井真弘多・沖縄県知事

 「一戦一戦粘り強く、最後まであきらめない闘志を持って機動力とチームワークで勝ち続ける姿は、県民の誇りだ」

■比嘉公也(ひが・こうや)

 1981(昭和56)年6月29日、沖縄・名護市生まれ、26歳。沖縄尚学高ではエースとして活躍し、99年センバツ優勝、夏も甲子園出場(2回戦敗退)。愛知学院大に進学。卒業後、母校のコーチを経て、06年6月に監督就任。家族は高校の同級生で新婚の妻・裕美子さん(26)。1メートル75、65キロ。

■沖縄尚学

 1957年に沖縄県初の私立、沖縄高として創立。83年に現校名に改称した。86年から中高一貫となった男女共学の進学校。高等部の生徒数は約1100人。柔道部、ボクシング部も強豪。卒業生にプロ野球広島の比嘉ら。