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【うめじゅんの聞いていい友】カネよおめでとう

阪神・金本(右)

肉体の限界に挑戦し続ける金本。それだけに今回の優勝の味わいは深いものがある(左は梅田アナ)

いつになくキツいシーズンだった。だから、余計に嬉しい。だからこそ最高じゃ! うめじゅんこと、名物フリーアナウンサーの梅田淳氏(44)が、トラ戦士の本音に迫る『聞いていい友』。リーグ優勝となればやはりこの人、金本知憲外野手(37)に聞かねばなるまい。平成の鉄人が、体力の限界に立ち向かった半年間。今だからこそ語れる、至極の言葉をうめじゅんが引き出してくれた。

梅田 お疲れさん。優勝、おめでとう。長かった? 2003年と比べてみてどう?

金本 終わってみれば早かったねえ。不思議によう覚えてないんよ、03年のことは…。それぐらい今年はある意味、すごい年やった。

まず、この優勝に自分がどのくらい貢献できたんか。『打』でいえば75点じゃ。『守』。これはそんなに大きなエラーもなかったけど、60点じゃねえ。無理してボールを追わんようになってもうた。昔は捕れないボールも捕りにいったんじゃが…。その代わり『走』は100点満点じゃ。走ったもん、一生懸命。「手を抜かん選手」やと言われたいんじゃ。それができたネ、今年も。

梅田 それにしても今年は、体調もあまりよくなかったみたい…

金本 いろいろあったわあ。胃がやられたねえ。(8月16日からの横浜3連戦で急性胃腸炎に) あのときは正直、あかんと思ったわ。初めての経験じゃけ。そういえば、あの日の昼はオッサン(うめじゅん)とメシ食っとったなあ。相手悪かったんちゃうか。

梅田 人聞きの悪いこと言わんといてや。まあ、それだけやなかったもんなあ。

金本 ハムストリングス(太もも裏)、ふくらはぎ…。前半はふくらはぎじゃねえ、後半は腰痛、腰でしょ。しんどかったわ〜。

梅田 それでも休まんと試合に出たねえ

金本 これは、ホンネをいえば記録というのは確かにある。ほうじゃけど、やっぱりプロとして全試合、全イニングに出るのは当然じゃ。これが何よりぞ。

梅田 最悪の体調やったのに、最高の成績を残した。何なんですか、これは

金本 運、やねえ。バッティングに関しては、一昨年の3番から去年4番になったことで、つかんだものもあるねえ。体重を残して、回転でボールをバットにぶつける。これは4番になってつかんだんよ。そういう成長が新井(広島)を育てたりしたんは、したんだけど。

梅田 ほおぉ、今年の新井はよう打ったけど、やっぱりカネがアドバイスしたりしとったんや

金本 本当にことしはよう教えたりしたんよ。あいつが(本塁打王の)タイトル獲ったら、ワシのおかげや。

梅田 いろいろと故障も抱えたけど、カネ自身が感じる一番弱い部分ってどこよ?

金本 腰、ふくらはぎじゃねえ。でもことし、何よりも良かったんは、首筋から左肩、これが痛まんかったことじゃね。ちょっとあったんだけど、常さん(常川チーフトレーナー補佐)がパシッ、パシッとしばいてくれて、すぐようなったけえの。

じゃが、こういう思いを語れるのも、優勝があるからじゃけん。やっぱり優勝よ。最高よ。まあ、このあと日本一も獲らないかんけ、まだまだ、しんどいんじゃろうなあ。終わるまでずうっとしんどいんよ、結局。

梅田 まあまだ日本シリーズがあるしねえ。でも今年は日本一になってや。で、勝ったらカネは何が欲しい?

金本 時間が欲しいんじゃ。家でゴロゴロしながら、暇をもてあますほどなあ。飲みにでも行かなあかんと思うくらいのね、時間がね。

梅田 分かる分かる。分かるけどなあ、カネらしうないんちゃうの。でもまあ、ことしはそれほど、しんどかったということやね。

金本 ほうじゃけどね、阪神のファンにはホンマ、感謝するわ。タテジマに愛着がわいとるよ。やっぱり、このチームは一体感があるわね。ファンだけじゃない、会社(球団)、(電鉄)本社のみなさん、スタッフ…。みんなものすごく優勝を念じてくれとる。それは分かるんよ。正直、心強いし、うれしいよね。

梅田 でもまだこれで終われんで、カネは。連続フルイニング出場がかかっとる。来年の8試合目で到達や。

金本 まあ、これからワシは世界記録(米大リーグ、元オリオールズのカル・リプケン遊撃手のもつ904試合)に向かうわけじゃけど、あくまで1年、1年の単位で考えとるけ、たとえ達成してもモチベーションは切れんよ。

梅田 それでこそ、カネや。

金本 じゃけんねえ、ライバルというなら、体力じゃねえ。とにかく体力、自分との戦いになると思うわ。

梅田 通過点とはいえ、それにしても今年はいろいろ記録に到達したねえ。1000試合連続出場に1000打点、1000得点。1500安打に300本塁打か。

金本 ワシゃあ、あんまり記念のものには執着はないんだけど。ことしは300号ホームランのバットだけは置いとるわ。じゃけ、今度は日本一のバットかねえ。

梅田 そや、日本一や。でもまあとりあえず、第1関門のセ・リーグ優勝を飾ったということでファンにひとこと。

金本 ほんとに、お疲れさんでした。

★球がしっかり見える−バットに阿字マーク

阪神・金本(右)

昨年オフも金本はヤケドを負いながら、護摩行をやり遂げている

実は、金本がバットのグリップエンドにシールが貼ってある。鹿児島・最福寺の池口恵観法主自らが梵字の「阿」をデザインして作った阿字マークと呼ばれているものだ。

「人は大宇宙で生まれ死んでいく。その大宇宙のリズムに一体化できれば、いい仕事ができる。シールを貼り、そのリズムを意識することで、球もしっかり見える」。

こう話す法主はシーズン前、金本にノルマを課した。「三冠王を狙いなさい」。4番としてチームを引っ張れば、結果はついてくる。その代わりに法主は、神経の疲れが体の調整に響いていた金本を支え続けた。

調子が悪くなれば、金本から連絡があった。無言の留守電メッセージを受け取ると、その度に励ましの言葉とともに気のパワーを送った。

優勝決定の瞬間は、甲子園のスタンドに身を置いた。打撃3冠部門とも抜群の成績の今季、2人の誓いはここに実を結んだ。


◆編集後記

2005年。一段と金本を尊敬し、ファンになりました。この男から得るものは、それこそヤマほどあるのです。

ことし話をした中で、印象に残ったひとことがあります。それを紹介しましょう。野球少年、プロになろうと夢みる少年たちに、何かひとことと頼んだときのこと。金本は「信念をもって努力、実行することじゃ。そして感謝すること」と伝えました。それをやり遂げてきた男が語る言葉だから、重みがあるのです。

ヤンキースの松井秀喜が教科書に載りましたが、金本は教材になっていいほどだと思います。いま、日本に欠落しているすべてを持ち合わせた男、それが金本知憲なのです。

優勝、おめでとう! 金本に感謝します、人間として。

(フリーアナ)

■梅田 淳(うめだ・じゅん)

1961年(昭和36年)1月10日、岐阜県岐阜市生まれ、44歳。日本大学芸術学部放送学科卒業後、83年に関西テレビに入社。ハイテンションのアナウンサーとして人気に。03年には阪神優勝の実況をつとめる。04年3月末に関西テレビを退社しフリーに。現在は、浅井企画に所属。