新たな風が、「高津ヤクルト」に吹いている。昨季限りで楽天を退団した嶋基宏捕手(35)は今春のキャンプ前、「ルーキーのときみたいな緊張感もある」と口にしていた。酸いも甘いも経験してきた35歳のベテラン。プロ14年目の新人が新天地で与える、影響力とは-。
(1)「競争意識」
嶋といえば、長年楽天の扇の要を守ってきた正捕手。2度のベストナイン、ゴールデングラブ賞に輝き、日本一に輝いた2013年には、現米大リーグ、ヤンキースの田中将大と2度目の最優秀バッテリー賞にも選ばれた(11年にも受賞)。国際大会の経験もある日本を代表する捕手の加入。それが燕の正捕手に及ぼした効果は大きかった。
今年6月で30歳を迎える中村は、「一緒にいるだけで刺激になりますよ」と口にする。オープン戦では、開幕投手の石川とバッテリーを組んだ嶋の配球をベンチで観察。「勉強になります。『自分だったらこれ(この球種)いくかな』と照らし合わせながら、『嶋さんはこれでいくんだ』というのもありました」と振り返る。イニングが終了し、嶋がベンチに戻るとすかさず質問をすることもあった。
一方の嶋も「本当は全試合出たいですけど、ムーチョ(中村の愛称)というレギュラーがいるので、そこに勝っていかないといけない」と競争心をあらわにする。嶋の加入によって、新たに生まれたライバル関係。西田や松本直、オープン戦好調だった古賀らを含めて捕手のポジション争いは加熱するばかりだ。
(2)「若手投手陣の育成」
今春のキャンプから、嶋が多くの投手と会話を重ねているシーンを見てきた。移籍1年目だからこそ「ぼくにしたら初めて受けるピッチャーばかりなので。お互い話をしないと一方通行になってしまう」とコミュニケーションを大事にしている。その姿勢や言葉は若手にとってなによりの教材だ。
高卒5年目で、開幕ローテーション候補入りが確実な左腕・高橋は年が明けてから嶋とバッテリーを組み続けている。「いまは嶋さんがヒントをくれているので、それをキャッチャーだけに任せるのではなくて、自分の中で配球を考えながらできたら、もっといいピッチャーになれるのかなと思います」と高橋。嶋の配球、助言に耳を傾けて日々成長中で「ありがたいです」と感謝している。
(3)「雰囲気づくり」
試合中のベンチの雰囲気はどんなものなのか。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、オープン戦が無観客となったからこそ聞こえてきた声がある。現役時代に楽天(09、10年)にも在籍し、嶋とチームメートだった宮出ヘッドコーチは言う。
「ベンチってムードも大事だし、(嶋は)いろいろな意味で機転の利いたいい声が出ている」
嶋の声はよく通る。そして、チームを盛り上げる。35歳のベテランだからといって関係ない。嶋は「声を出すのは自由だし、楽天でも出してきているので、そのスタイルを貫く。変えることはできない」と若手に負けじと積極的に声を出す。そして、新たな陽の雰囲気が生まれるのだ。
あらゆるところに及んでいる嶋効果。宮出コーチは「正直、いろいろな意味で効果は期待していたけど、期待通りというか、期待通り以上というか。それぐらいのいい効果を生んでいるんじゃないか」と実感する。それほどに、大きな存在感。そんな嶋の思いはただ一つだ。
「一番はチームが勝つため、優勝するために何ができるかというところなので。チームが勝つために何をやるか。それだけですね」。背番号45を背負った新人の働きは、大きな力として燕に還元される。(赤尾裕希)