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【二十歳のころ 池田純(4)】組織に執着せず自分にしかできない仕事に挑戦を

【二十歳のころ 池田純(4)】

組織に執着せず自分にしかできない仕事に挑戦を

特集:
二十歳のころ
35歳で球団社長となった池田氏(左)。日本球界最年少での社長就任だった。右から春田オーナー(当時)、高田ゼネラルマネジャー

35歳で球団社長となった池田氏(左)。日本球界最年少での社長就任だった。右から春田オーナー(当時)、高田ゼネラルマネジャー【拡大】

 クライアントの一つとして、IT企業のDeNAと関わる中で、きっちりとしたマーケティング、広報の部署を作ることを提案し、そのトップとしてオファーを受けました。28歳で一度社長になったものの、上場企業で一つのセクションを任せてもらえる、なかなかない機会。もう一度、企業に入った方が自分の価値を作れるとも思い、入社を決めました。2007年、31歳のときです。

 当時のDeNAは社員数80人ほどの規模(現在はグループで2400人)で、東証マザーズに上場を果たし、まさに成長期。年間200億円ものマーケティング関連予算を動かす執行役員として、インターネット関連では初めてといえる全国CMを打つなどの試みをしてきました。

 その後は、DeNAとNTTドコモの共同出資企業で、小説や漫画などの投稿サイト「E★エブリスタ」(現エブリスタ)を運営する会社の初代社長となり、1年で黒字化に導きました。DeNAに入社して5年目。1つの会社と事業を立ち上げ、一定の成果も出し、ちょうど退社を考えていたころ、浮上したのがベイスターズの経営権取得の案件でした。

 企業再生案件なら、自分の経験を生かせると思い「全権を下さい」と申し出ました。DeNAの執行役員を退き、片道切符でベイスターズへ。やると決めたら退路を断って、しがみつかない。日本のプロ野球では史上最年少となる35歳で球団社長に就任することとなりました。

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