2017.10.14 11:00(1/3ページ)

【二十歳のころ 江本孟紀氏(4)】月20日バイトでバンドの運転手

【二十歳のころ 江本孟紀氏(4)】

月20日バイトでバンドの運転手

特集:
二十歳のころ
1974年9月、南海時代の江本氏。大学時代の苦労も糧にして活躍した

1974年9月、南海時代の江本氏。大学時代の苦労も糧にして活躍した【拡大】

 思わぬ勧誘だった。

 「野球をしていないのなら、フィリピン・バンドの運転手、やらない? 知り合いのプロダクションに紹介するわよ」

 法大4年の1969年。秋季リーグ戦でメンバーから外され、合宿所近くの神奈川・武蔵小杉の治療院で、腰痛のケアを受けていたとき、治療院のオバチャンに言われてね。幸いノンプロの熊谷組入りは内定していたし、やることもない。ふたつ返事で引き受けた。

 5つのバンドを掛け持ちで担当。夕方から早朝5時に、東京・原宿の宿舎から銀座、赤坂、六本木へと順番に送迎する。月に20日間でバイト料は3~5万円。年明けまで4カ月ほど、ワゴン車のハンドルを握った。

 米国のバンドを招くと金がかかるから、フィリピン・バンドは引く手あまただった。黒人のソウルに最も近く、ロック、バラードと何でもこなす。英語もペラペラ。演奏も歌もレベルが高い。

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