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【二十歳のころ 大野豊氏(3)】辞表を出してプロテスト挑戦

【二十歳のころ 大野豊氏(3)】

辞表を出してプロテスト挑戦

特集:
二十歳のころ

 プロの投手になりたい。気持ちが一変したのは、出雲市信用組合に入行して3年目の1976年。21歳になる年のことでした。

 まず、仕事が渉外から窓口業務へ異動になりました。納得がいかなかったのは、口座を解約するお客さんに理由を聞くことです。解約する人には、それぞれ事情があるでしょう。「余裕ができたら、またお願いします」とお伝えすれば、きっと戻ってきてくれると思うのに、上司は「必ず理由を聞け」と言います。どんな仕事でも、いろいろな業務を経験することが必要なのは分かりますが、逃げ出したいくらい嫌でした。

 秋には同じ島根の平田高出身で、1学年下の青雲光夫という投手が、阪神の入団テストを受けて合格しました。

 その頃、私は硬式の秋季中国大会に出場する出雲高との練習試合に先発しました。高校生とはいえ、相手は金属バットです。私が出雲商高を卒業した直後の74年夏から金属が採用され、私は初めての対戦でした。3年ぶりに握った硬式ボールは感触が良く、5回で13奪三振。大きな自信になりました。

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