2017.9.15 12:00

【ダッグアウトの裏側】ヤンキースで監督やGMなど“5役”務めたジーン・マイケル氏逝く 名門球団の「生き字引」はジーターら獲得

【ダッグアウトの裏側】

ヤンキースで監督やGMなど“5役”務めたジーン・マイケル氏逝く 名門球団の「生き字引」はジーターら獲得

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ダッグアウトの裏側
2007年2月、当時のトーリ監督(左)の隣で携帯電話で話すスカウトのマイケル氏(AP)

2007年2月、当時のトーリ監督(左)の隣で携帯電話で話すスカウトのマイケル氏(AP)【拡大】

 久しぶりに『THE YANKEE ENCYCLOPEDIA』を本棚から取り出した。筆者は松井秀喜氏がヤンキース入りした2003年のシーズン中、サンケイスポーツ紙上でヤ軍の豆知識を毎日連載。タウンページほどの厚さがある『ヤ軍百科事典』は当時の参考文献で、遠征先まで持ち歩いていた。

 再びページを開くきっかけは、7日に心臓発作のため79歳で亡くなったジーン・マイケル氏。『ヤ軍百科事典』で、「主な所属選手」「歴代監督」「オーナー・GMら球団幹部」の3章すべてで紹介されているからだ。

 スカウトとコーチも合わせて“5役”を務めたヤ軍史上ただ一人の人物。まさに生き字引で、14年前の連載では大変世話になった。番記者らから得たネタの真偽を確認させてもらい、過去の事件にまつわるエピソードなどを教えられた。

 現役時代(1966-75年)は遊撃手。スリムな体形で、あだ名は「スティック」(棒)だった。隠し球の名手で、先の『百科事典』によれば5度も記録。68年には1試合だけマウンドに上がり、3回で5安打を浴びながら3三振を奪い無失点に抑えている。

 81-82年に監督、91-95年にGM、その後はスカウト部門の責任者を務めた。選手の才能を見抜く眼力が高く、デレク・ジーター、アンディ・ペティット、ホルヘ・ポサダ、マリアノ・リベラらを獲得。マイナーリーグから主力選手として育て上げ、90年代後半の黄金期を築いた。ワンマンオーナーで「ボス」の異名をとったジョージ・スタインブレナー氏がバーニー・ウィリアムズのトレードを命じても、断固拒否したという逸話も残っている。

 「チームの成功だけでなく、自分が選手として成長する上で大きな存在だった。いつも相談にのってくれた」とジーター。左袖に喪章を付けて残りのシーズンを戦うヤ軍を、マイケル氏は天国から見守っている。

田代学(たしろ・まなぶ)

サンケイスポーツ一般スポーツ担当部長。1991年入社。プロ野球や五輪担当などを経て、2001年から13年11月まで米国駐在の大リーグ担当キャップ。全米野球記者協会の理事や、13年ワールドシリーズの公式記録員を日本人記者で初めて務めた。米国での愛称は「ガク」。

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