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【二十歳のころ 杉下茂(2)】捕虜収容所で投手に指名された

【二十歳のころ 杉下茂(2)】

捕虜収容所で投手に指名された

特集:
二十歳のころ
杉下茂氏

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 兵隊としては本当に運が良かった。当時は中国を北支、中支、南支に分けていて、僕がいた中支は最も恵まれていた。銃撃戦はなく、気候は温暖。食料は豊富だった。南支の重慶などは中国軍との戦闘が激しく、ビルマ戦線はさらにひどかった。

 他の部隊では理不尽ないじめ、制裁があったと聞くが、僕の部隊は家庭持ちの年配者が多く、「19歳の兵隊が入ってきた」と歓迎してくれた。

 敵は感染症のコレラ。生水も危険だった。飲料水は主に井戸水で、沸かしてコップに入れると半分くらい沈殿物が出るので、上澄みだけを飲んでいた。現地の人は生水のまま飲んでも平気だが、日本人はすぐに腹をこわした。薬なんてないから、下痢が何日も続いた後、栄養失調で亡くなった。昔の野球部は練習中に水を飲ませてもらえない。それに慣れていた僕は、あまり飲みたいとも思わなかった。

 敗戦は、1945年8月12日か13日に知った。管理する上海近くの日本軍貨物倉庫に私服の憲兵がトラックで乗り付け、「日本は負けましたので逃げます」と食料を積んでいった。玉音放送が流れる前だ。やがて、日本の大都市は空襲で全滅し、中でも沖縄はひどいという噂を聞いた。

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