2017.3.29 13:00

【球界ここだけの話(859)】WBC取材で小久保監督に見た代表監督の資質 プレミア12敗戦後に取ったある行動(1/2ページ)

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WBCニュース
3月16日、渡米前に取材に応じる日本代表の小久保裕紀監督 

3月16日、渡米前に取材に応じる日本代表の小久保裕紀監督 【拡大】

 米国時間3月21日。6連勝で決勝トーナメントに駆け上がった侍ジャパンは、準決勝で米国に敗れた。小久保監督はベンチで涙を浮かべる選手たちをロッカールームに集めて、最後のミーティングを開催。「敗戦は監督の責任。お前たちはよくやった。胸を張って帰ろう」とねぎらい、この言葉をかけた。

 今回のWBC日本代表で、大リーガーは青木(アストロズ)のみ。エース格に期待された大谷(日本ハム)は右足首の故障でメンバーから外れ、正捕手候補だった嶋(楽天)も右ふくらはぎ痛で離脱した。それでも「チーム一丸」となり、敗れこそしたが、全員がメジャーの米国代表と対等に渡り合い、日本の野球ファンを熱くさせてくれた。

 2013年秋に就任した小久保監督は“あのとき”の屈辱を戒めとして戦っていた。15年のプレミア12。準決勝の韓国戦で八回までリードも救援陣が打ち込まれ、逆転負け。継投ミスと批判された。

 「私自身、プレミアでのあの悔しい思い。それが一番、心に残っている」。早寝早起きの健康生活が信条の指揮官が、その夜は一睡もできなかったという。プレミア12の敗戦後、ある話に興味を持った。それは、戦国時代の徳川家康に関する伝記だ。

 1573年1月。徳川軍は三方ケ原(現在の静岡・浜松市)の戦いで武田信玄に大敗を喫した。命からがら浜松城に逃げ戻った家康は、自らの戒めとして絵師を呼び、「しかみ像」を書かせた。その話を知った小久保監督は自らも行動に移した。

 プレミア12での継投ミス采配を追及するスポーツ紙全紙を購入し、自宅の書斎の壁に貼りつけていたという。日課としている1時間のランニングの間も、スマートフォンにダウンロードした各界のリーダーによる講演会やオーディオブックを聞きながら走った。

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