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【乾坤一筆】急に「投げろ」で胴上げ投手になった江本氏

【乾坤一筆】

急に「投げろ」で胴上げ投手になった江本氏

特集:
ベテラン記者コラム・乾坤一筆

 仰天の会話があった。

 「そういえばエモ、あのときブルペンには入らないで、マウンドに行ったよなあ」

 「そう。胴上げに備えてベンチに座っていたから、キャッチボールすらしていない。急に『投げろ』といわれて、帽子とグラブを誰かに借りて、マウンドに直行よ」

 「そんな時代だったなあ」

 「今では考えられんね」

 20日夜。大阪・ミナミの繁華街。声の主は、同地でスナック「堀井」を経営する、オリックスの元スカウト部長・堀井和人氏と、サンケイスポーツ専属評論家の江本孟紀氏。2人は法大の同期生で、南海(ソフトバンクの前身球団)でもチームメートだった。江本氏が関西に出張するたびに、堀井氏の店に寄っては、野球談議に花を咲かせている。

 で、その述懐の舞台は1973年10月24日、パ・リーグのプレーオフ第5戦。当時のパは前後期制で、前期優勝の南海と、後期優勝の阪急(現オリックス)が、日本シリーズ進出をかけて激突。2勝2敗で迎えた最終戦。

 南海が2-0とリードした九回。二死から佐藤道郎投手が代打・当銀秀崇外野手にソロ本塁打を浴び、なおも代打・高井保弘内野手が打席に立ったところで、江本氏のスクランブル登板となったわけ。

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