2016.2.18 05:03

PL学園の休部、清原容疑者の14年薬物報道も影響か

PL学園の休部、清原容疑者の14年薬物報道も影響か

特集:
転落!清原被告
1985年8月19日、甲子園球場でPL学園の清原(左)と桑田

1985年8月19日、甲子園球場でPL学園の清原(左)と桑田【拡大】

 春夏の甲子園で通算7度の優勝を誇る高校野球の名門、PL学園(大阪)の硬式野球部が今夏の大会を最後に休部となることが17日、分かった。

 PL学園は2008年に暴力事件が起こり、当時の監督が辞任。11年にも部員の部内暴力と喫煙で1カ月の対外試合禁止処分を受けた。13年にも部内暴力が発覚し、6カ月間の対外試合禁止処分となった。こうした度重なる不祥事により、野球経験がない校長が監督を務めるなどの非常事態を招き、野球部OBが再び監督に就くことはなかった。

 ある関係者は、14年3月に週刊文春が報じた清原容疑者の薬物疑惑報道も影を落としているといい、「かつては野球部の活躍がPL学園、ひいては教団のPRになっていた。世間はどうしても『PLといえば野球』となる。野球部やOBの不祥事により、教団自体が大きなダメージを受けるようになり、OBとの距離が遠くなった」と話した。

  • PL学園時代、鳥取国体で桑田(左)と肩を抱き合う清原=1985年10月