キャップ堀啓介は金本阪神に、星野阪神と同様の“覇気”を感じた 「キャンプインはお正月です。気合をいれていこう! 2年目のジンクスというものがあるが、結婚2年目で『ジンクス』といわれないように頑張りますッ!」
これは誰のコメントだと思います? 2002年2月1日、キャンプ初日の朝の体操で選手会長桧山進次郎(現解説者)がまず指名されて壇上に立ち、『今季の目標』を大声でみんなの前で誓うという大声運動の第一声です。当時、桧山選手は32歳の新婚ホヤホヤ。その時、新監督星野仙一(現楽天副会長)は腕組みをして、静かに…ソレを見つめていた。
ゴリラみたいにどう猛だったトラ番キャップ稲見誠(現運動部長)をはじめ、若手トラ番堀啓介(現トラ番キャップ)に各テレビ、放送、新聞などの大報道陣が星野阪神のスタートを注目していた。
さぞかし鬼は「甲子園が死に場所」とまで決意して阪神監督を引き受けたから、もう真っ赤っかの赤鬼と化して、初日からどんなことになるのやら…と思っていたら…これが拍子抜けの青鬼で静かなのだ。
堀はその14年前のことをなぜかフッと思い出したという。それもこの日、鳴尾浜の寮の会議室で金本知憲監督ら新スタッフが集い、キャンプに向けての『コーチ会議』が開催されたからだ。いうまでもなく取材陣は多い。テレビクルーもズラリと並ぶ。