2015.12.18 08:00(4/6ページ)

【特命記者】山田哲人の知られざる少年時代

【特命記者】

山田哲人の知られざる少年時代

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ヤクルト・山田哲人

ヤクルト・山田哲人【拡大】

★変化球に強い

 小学校の高学年に入ると打撃が際立った。自分のポイントまで球を引きつけ軸回転で打つように指導された。山田は当時、有名だった大阪・富田林リトルの右腕、勧野甲輝(前ソフトバンク)と対戦。李さんは「初球の変化球を左翼方向へ打ち返した。小学生ながら変化球を狙う勇気と技術がありました。今は左足を高く上げるけど当時はすり足気味で打率7割くらいでした」と証言した。

 努力も見逃せない。小5から父と自宅マンションの駐車場で行う特訓が日課に。野球経験のなかった知規さんはバドミントンのシャトルを使った練習法を考案。「変化に対応する練習で横や後ろからトスをしていました。シャトルはきれいに当たらないと飛ばない」と理由を明かした。

★代打の神様が認めた

 元阪神の八木裕氏(50)が中学時代の山田の打撃を偶然見て、「タイミングの取り方がものすごくいい。右と左で違うけど、広島の嶋(重宣)に取り方がそっくり」と驚いたという。当時の嶋は首位打者に輝くなど全盛期だった。

 体が特別大きいわけでなく、圧倒的な飛距離もなかった少年時代。それでも努力と打撃センス、足の速さは並外れていた。野球を始めた日に味わった「打つ、走る、守る」の難しさと悔しさが「トリプルスリー」の原点だった。そして、若きスーパースターは誕生した。

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