大谷翔平は高校入学時から投打に高い能力を備えていたが、成長途中と考えた花巻東・佐々木監督の意向で負担の大きい投手は“封印”。1年春は「4番・右翼」。1年秋から本格的に投手を務め、登板しないときは右翼や左翼に入った。だが、3年春の県大会からは「守っていても(打者の)癖や配球などを頭に入れてもらいたい」(同監督)と打者が正面からみえる中堅にも挑戦。3年夏の県大会準々決勝・盛岡四高戦は八回途中に中堅から登板し、151キロを記録するなど1回2/3を無安打に抑えた。2度の甲子園出場時も右翼と左翼を経験。試合での内野経験は皆無といっていい。 (東北支局・有吉広紀)
(紙面から)