数え切れないほど掲げられた「おめでとう」のボード。それがかすんでみえた。通算3本目の“バースデー弾”とはいかなかったが、ありのままの姿を、古巣へ見せることができた。これが、最大の恩返し−。地鳴りのような歓声を背に、41歳を迎えた清原が、ユニホームを脱ぐ決意をした。
「自分にとって最後のシーズンの誕生日を、西武球場(ドーム)で迎えることができて感謝しています」
1点を追う七回一死二塁で代打登場。フルカウントから外角低めの直球を見送り、四球を選んだ。昨年の誕生日は、左ひざ手術からのリハビリの真っ最中。単純な歩行練習を始めた孤独な時期だった。今月2日には2年ぶりの1軍復帰を前に、「来年はグラウンドに立てない」と事実上の引退表明。『8.18』を7年ぶりに白星で飾り、広報を通じてのコメントで「最後の−」と初めて明言した。
三回の攻撃終了時、三塁ベンチから大型ビジョンを見上げた。10年以上も前だろう。今よりもひと周りもふた周りも体が細い。西武のユニホームに身を包んで、はしゃぐ自分の姿があった。そして英語で「ハッピーバースデー ミスター清原」のメッセージ。「西武球団にも昔の映像を流してもらって、感謝の気持ちでいっぱい」。熱いものがこみ上げてきた。
「(今)夏の甲子園の決勝も8月18日。一生忘れることのできない日になった」
球団内には将来の監督を見据えて、来季にも入閣させる方針もある。その前に、心技体、最後に残った心で倒れるまで完全燃焼する。