2008年03月16日 更新
星野監督、阪神の監督として“電撃復帰”1705日ぶり聖地へ

台湾では、お世話になった関係者と記念撮影(撮影・堀啓介)
【台中(台湾)15日=堀啓介】08年北京五輪の野球の日本代表・星野仙一監督(61)が6月27日からのウエスタン・広島2連戦(甲子園)で阪神監督として指揮を執ることを明らかにした。実戦感覚を養うための“電撃復帰”。闘将が03年日本シリーズ以来、1705日ぶりに聖地に君臨する。
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衝撃の“告白”だ。金メダルへの秘策として、闘将は聖地での“リハビリ計画”を選択した。
「今度、二軍戦の指揮を執ることになった。6月の広島戦。甲子園でやる試合や」
北京五輪の世界最終予選が終わり、出場8チームが出そろった。日本に帰国する直前、ウルトラCを口にした。それが6月27日からのウエスタン・広島2連戦(ともに試合開始は午後12時30分)。すでに12球団の了承を得た。障害はない。前代未聞の“電撃復帰”が決定した。
甲子園でさい配をふるうのは03年のダイエー(現ソフトバンク)との日本シリーズ第5戦(03年10月24日)以来、1705日ぶり。長い時を超えて、舞い戻るわけだ。
「オレたち(首脳陣)にとってのオープン戦や。やはりブランクは、怖いからな。不安もある。だから、リハビリや。ユニホームを着ると全然違うから」
昨年12月のアジア予選の死闘。台湾戦ではスクイズという“奇襲”が的中したが、試合に入れない自分がいたのも事実だった。「あの時、オレも生身の人間だということを実感した」。8月に壮行試合が予定されているが、それだけでは五感は働かない。どうすればサビを落とせるのか。聖地がすぐに浮かんだ。
「オレとブチ(田淵ヘッド)はタテジマでもエエんやけどな。(広島OBの)コージ(山本コーチ)と大野(投手コーチ)は着れんやろ」
日の丸ユニホームで、若虎を率いる。さらに「鳴尾浜で社会人と練習試合があれば、そこでもやらせてもらうかもしれん。(2試合以外に)出来ればもう1、2試合、やりたいね」とも続けた。ホシノ流の“出げいこ”で、感覚を研ぎ澄ませるわけだ。
「甲子園がオレの死に場所」
阪神監督を引き受けた際の言葉にウソはない。そして“死に場所”から再び、足を踏み出す。「あそこには何かがある」。それが闘将にとっての聖地。今季から新たな歴史を刻もうとするスタジアムが、燃える男の帰還を待っている。
★ニュー甲子園は
星野監督は選手や首脳陣から“不満”が集中している新甲子園にも言及。10日に視察を行ったが「言い出せば、キリがないけどな。いろいろ(問題点は)あるよ」と現場の声に理解を示した。「とにかく、せっかくリニューアルするんだから、いいものを作らないと。これからずっと使っていくわけだからな」と語っていた。
■03年日本シリーズ第5戦VTR(10月24日)
ダイエーとの決戦を2勝2敗で迎え、金本が3戦連発となる4号ソロで先制。二回に2点を奪われるが、六回に桧山が逆転の2点タイムリーを放ち、吉野−リガン−安藤ーウィリアムスの継投で甲子園3連勝。この年限りでの勇退を決めていた星野監督はお立ち台で、「もう甲子園に帰ってくることはないと思いますが、向こう(福岡ドーム=当時)で胴上げして、大阪に帰ってきます」と絶叫









◆阪神・沼沢正二球団本部長
「星野監督は阪神の方ですから、協力させてもらいます。試合から遠ざかり、鈍りがちな頭と体の勘を実戦で取り戻したいということでした。(指揮を執ることに関しては)3月4日の実行委員会で了承されています」