2007年12月04日 更新

星野ジャパン

完全救援!上原が無敗記録23、初登板・藤川はオール直球

 (北京五輪アジア予選決勝リーグ、台湾2−10日本、日本3勝、3日、台湾・台中)言葉にならない雄たけびをあげた。マウンドでガッツポーズを繰り返す上原(巨人)のもとに笑顔のナインが駆け寄る。韓国戦でも九回を締めた守護神は、連投で国際大会の無敗記録を「23」に伸ばし、歓喜の輪の中心で喜びを爆発させた。

 「ホッとしました。3連勝が目標だったからね。最終メンバーから(予選前に投手では)5人落ちた。その分も、という思いが強かった」

 最後はオレたちが日本を守る。『球児・浩治』が国際舞台でついにベールを脱いだ。5点リードの八回には藤川(阪神)がアジア予選初登板。2番・張建銘を142キロの直球で三振に斬るなど、10球はすべてストレート。3者凡退で上原にバトンを渡した。藤川は「もっと点差が少ない場面でという気持ちはあったけど、投げられてよかった」と満面の笑みを浮かべた。

 北京五輪では強豪キューバや米国を倒さなければ「金メダル」をつかめない。「来年のシーズンは五輪をメーンに考えて調整したい」。藤川が言葉に力を込めた。そう、北京も『球児・浩治』で大きな壁を乗り越える。

■過去の五輪・野球日本代表VTR

★84年ロサンゼルス大会(金メダル=公開競技) アジア予選3位の日本は出場権を逃したが、キューバのボイコットで代理出場。準決勝は郭泰源を擁する台湾に延長の末、勝利。決勝はマグワイア、グウィンらが名を連ねる強豪米国と対戦し、広沢の本塁打などにより6−3で勝利した。
★88年ソウル大会(銀メダル=公開競技) 前回王者として予選免除で出場権を獲得した。野茂、古田らの活躍で1次リーグを1位で通過し、準決勝でも韓国を撃破。米国と対戦した決勝では、先発アボットの好投に屈し、3−5で敗れた。隻腕の同投手は後にメジャーでも活躍した。
★92年バルセロナ大会(銅メダル) 野球が初めて正式競技となった。日本はアジア選手権を制して出場。1次リーグを5勝2敗の2位で通過し、決勝トーナメントへ進出したが、エース小桧山の力投むなしく準決勝で台湾に敗れた。3位決定戦では米国と対戦し、8−3で勝利した。
★96年アトランタ大会(銀メダル) アジア選手権を制し出場。1次リーグは豪州、米国に敗れ、3位で決勝トーナメント進出。準決勝は杉浦の好投で米国を撃破。主砲リナレスを擁するキューバとの決勝は、松中の満塁弾などで9点を挙げたが、6投手が8本塁打を浴び13失点で敗れた。
★00年シドニー大会(4位) 初のプロ・アマ合同チームで臨んだアジア選手権で準優勝して出場。1次リーグ4位で決勝トーナメントに進み、準決勝キューバ戦は黒木が好投したが0−3で敗戦。韓国との3位決定戦は松坂が先発したが1−3で敗れ、5大会目で初めてメダルを逃した。
★04年アテネ大会(銅メダル) 初めてプロのみでチームを構成。アジア選手権で優勝して出場。3月に長嶋監督が脳梗塞で倒れ、中畑ヘッドが指揮をとった。1次リーグは6勝1敗で1位通過。準決勝は豪州に、0−1で完封負け。3位決定戦はカナダを相手に、11−2で勝った。