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日本救った!!松坂メキシコねじ伏せた5回0封!次は決勝戦だ

松坂

気迫の快投だ。5回無失点の松坂が日本を救った=共同

王監督とがっちり握手

試合後は王監督とがっちり握手。怪物の顔に笑顔が戻った=撮影・原田史郎

WBC・2次リーグ1組、メキシコ1−6日本、14日=日本時間15日、エンゼルスタジアム=湯浅大】次は決勝で投げるぞ!! 負ければ2次リーグ敗退となるメキシコ戦に松坂大輔投手(25)=西武=が先発し、5回1安打無失点の快投で勝ち投手に。“誤審”で負けた米国戦のショックを豪腕で振り払い、国際大会に弱いというレッテルを吹き飛ばした。この結果、日本は15日(日本時間16日)の韓国戦に勝てば準決勝進出が決まることになった。

体中の血が騒いだ。アドレナリンが出まくった。負ければ2次リーグ敗退が決まる背水のマウンド。極限の状況で松坂の集中力が研ぎ澄まされた。

「負ければ終わりと分かっていた。とにかく勝つしかなかった。アメリカにきてから調子は上がっていたし、自分のピッチングをしたら勝てると思っていました」

80球という限られた球数のなかで自分を信じ、強豪メキシコに一回から全力で勝負を挑んだ。直球主体の投球で仁王立ち。二回に西岡の失策で一死三塁というピンチを招いたが「(失策は)心の中で準備していること」と7番のオヘダを三振。8番・バレンズエラを中飛で切り抜けた。球速は、ともに93マイル(約150キロ)まで出た。

三回には最速94マイル(約151キロ)をマーク。グイグイと押しまくるピッチングで、結局5回を1安打無失点で抑えきった。アナハイムの青空の下で73球のメキシコ料理ショー。“誤審”で負けた米国戦のショックから、日本を立ち直らせた。

自分との戦いでもあった。2000年シドニー五輪では3位決定戦に登板して韓国に黒星。04年アテネ五輪でも準決勝で豪州に負けた。いつの間にか定着した「国際試合に弱い男」というレッテル。それを、この日の快投でようやくはがせる。

そのために細心の注意を払っていた。宿舎の部屋では乾燥対策として、たっぷりと水を浸したバスタオルを床に敷いた。「タオルで覆えない部分も、足場以外は水をまいています」。風邪をひいても、ドーピングに引っかかるため、薬は飲めない。復活まで長引くし、パフォーマンスも落ちる。日本のために、自らのリベンジのために、最後まで気を抜かなかった。その努力が実って、日本はきょうの韓国戦に勝てば、準決勝進出できることになった。

「次? ボクは準決勝に間に合わないので、その先(の試合)に登板するつもりでいます。出ない試合では大声で応援します」。そしていま、怪物は中5日の決勝登板(日本時間21日、サンディエゴ)だけを見据えている。甲子園で高校一、04年には日本一に輝いた男が目指す目標は、ただひとつ「世界一」。王ジャパンが最高のフィナーレを迎えるまで、松坂の熱投は続く。

■米メディアも熱視線

米大リーグでのプレーを目標とする松坂を、スポーツ専門有線テレビ局ESPNも注目。FA取得の時期や、ポスティングシステム(入札制度)での移籍の可能性などを興味深く伝えた。試合後の会見でも、米国記者からメジャー移籍について聞かれたが「メジャーが最高のステージと思っている。そこを目標にやっている。でも、この大会で自分をアピールするとかは考えていない。日本が一番強いということをアピールしたくてプレーしています」とチームのために戦っていることを強調していた。

■松坂の五輪VTR

00年シドニー五輪 1次リーグの米国戦(●2−4)と韓国戦(●6−7)に先発したがチームを勝利に導けず、3位決定戦で再び韓国戦に先発。1−1で迎えた八回二死二、三塁で3番・李承ヨプ(現巨人)に決勝の2点タイムリー二塁打を浴び、日本は五輪史上初のメダルなしとなった。松坂は「2試合で反省したことが生かせなかった。ボクの責任です」と涙。

  ★04年アテネ五輪 1次リーグのキューバ戦(〇6−3)では、打球が右腕に直撃するアクシデントがありながら、九回途中まで7安打3失点と好投し、日本は五輪で初めてキューバを撃破。しかし、準決勝の豪州戦では八回途中まで1失点13奪三振と力投したが、打線の援護がなく0−1で苦敗。「先に点を取られ、チームによい流れが作れなかった」と肩を落とした。

■順位決定方法

2次リーグの順位は勝率によって決められ、各組の上位2チームが勝ち上がる。2チーム以上が勝率で並んだ場合は、以下の順序に従って順位が決定される。当該チーム同士の対戦で(1)勝利したチーム(2)総失点÷守備の総イニング数が低いチーム(3)総自責点÷守備の総イニング数が低いチーム(4)チーム打率が高いチーム(5)大会本部が行うクジ引きで勝ったチーム。