2007年08月22日 更新

2007年 第89回全国高校野球選手権大会

広陵が春の王者・常葉菊川破り40年ぶり決勝進出!

春の王者を破り、笑顔で応援団のもとへ駆け出す広陵ナイン

春の王者を破り、笑顔で応援団のもとへ駆け出す広陵ナイン

 (第89回全国高校野球選手権大会、第14日、準決勝、広陵4−3常葉学園菊川、21日、甲子園)広陵(広島)は野村祐輔投手(3年)が終盤の常葉学園菊川(静岡)の反撃を3点に抑え、4−3で勝ち、準優勝した67年以来40年ぶりの決勝進出を決めた。常葉学園菊川の春夏連覇はならなかった。初優勝をかけた決勝は、22日午後1時から行われる。

 常葉学園菊川の春夏連覇の夢を打ち砕いた。土生(はぶ)翔平三塁手(3年)が一回に先制ソロアーチ。相手のエース田中のリズムを崩した。

 「流れをもっていきたかったし、とにかく食らいついていこうと思った。抜けてくれ、捕るな、と叫びました」

 4球ファウルで粘った後、真ん中に入った直球を強振。逆風を切り裂いて、高校通算33号を右翼ポール際に着弾させた。

 「最後の意地を見せることができた」。主将の責任を果たした。7月27日の広島大会準決勝で右手親指を突き指。青く腫れあがっても「大丈夫」と笑顔を振りまき、フル出場を続けた。2年冬の練習中に右太もも裏を肉離れしたときも、絶対に休むことはなかった。

 「お前は“鉄人”じゃな!!」。ナインには称賛されている。支えとなったのは、広陵OBの阪神・金本だ。「とにかく勝負強い。あこがれる」。親指の痛みが残る中、金本から部員全員に贈られたTシャツを着て、素振りを繰り返した。

 18日の聖光学院(福島)戦で、中井哲之監督(45)が熱中症でダウンした。土生はその夜、「監督、絶対勝つから、寝ていていいですよ」と気遣った。試合中、首に氷のうを当てながら指揮した中井監督は「土生の先制弾がチームに勢いをつけてくれた」と思わず目を潤ませた。

 センバツは優勝3度。夏は18度目の出場で、40年ぶり3度目の決勝進出。初の頂点まであと1勝だ。「絶対に優勝します」と土生。創部97年目。母校に深紅の優勝旗を持って帰る。

(阿部祐亮)

■土生 翔平(はぶ・しょうへい)

 1989(平成元)年8月16日、広島県生まれ、18歳。小学1年から木頃桜ケ丘少年野球クラブで野球を始め、中学時代の尾道シニアまで投手。広陵では1年秋から3番・三塁手でレギュラー。50メートル走6秒3。遠投105メートル。1メートル76、75キロ。右投げ左打ち。

■広陵(こうりょう)

 1896(明治29)年、数理学会として創立。1948年に現校名に改称。普通科、理数科からなる私立共学校で生徒数は1063人(うち女子261人)。野球部創部は1911年で部員数は94人。夏の甲子園は4年ぶり18度目(春は21度)。優勝は春3度(夏はなし)。主なOBは金本知憲(阪神)、二岡智宏(巨人)。所在地は広島市安佐南区沼田町伴4754。福原紘治郎校長。

■データBox

 〔1〕広陵は40年ぶりの決勝進出。67年の第49回大会で習志野(千葉)に1−7で敗れた。勝てば18度目の出場で初優勝となる(春は21度の出場で3度優勝)
 〔2〕広島県勢の決勝進出は88年の第70回大会で優勝した広島商以来19年ぶり。福岡一(福岡)に1−0で勝った

★野村、緩急を駆使

 野村は12安打を浴びながらも、毎回の12奪三振で3失点完投。最速139キロの直球と90キロ台のスローカーブを駆使した。「緩い球が有効だと思った。ハマりました。皆さんの支えがあったから、ここまで来ることができた。絶対に優勝したい」。中井監督も「3点取られたが、野村で負ける気がしなかった」と笑顔をみせた。

◆八回にスクイズを決めた広陵・山下

「サインが出るのは分かっていた。4番は警戒されず、成功すると思った」

◆2安打2得点の広陵・林

「相手投手は外中心(の投球)と分かっていた。インコースは打たないと決めていた」

中井監督は体調不良で、首筋に氷のうを当てての指揮(撮影・榎本雅弘)

中井監督は体調不良で、首筋に氷のうを当てての指揮(撮影・榎本雅弘)

名言・迷言・夏

◆センバツの王者を倒した選手を誇らしげに見つめた広陵・中井監督

「こいつらは絶対に勝つと、不思議に感じられた。広陵のグラウンドでプレーしているみたいだった」

★島田洋七「明日は両校優勝」

 広島市出身で、幼少時代は佐賀県で過ごし、広陵高に進学した漫才師の島田洋七(57)=顔写真=は「奇跡は起こるよ! 明日は引き分けか両方優勝かどっちかやね。全国、佐賀と広島だらけや」と吉本興業広報を通じてコメントした。93年には、苦労人だが、明るくてたくましい祖母との思い出をつづった『佐賀のがばいばあちゃん』を自費出版。ベストセラーになり映画化もされた。広陵OBとしてだけでなく、佐賀北の“がばいナイン”にもエールを送った。

OBがエール

◆阪神・金本

「テレビで見とった、見とったよ。(決勝は)どうなるんかなあ?」

◆40年ぶりの決勝進出に巨人・二岡

「40年前は、まだ生まれていませんでしたからね。もう1試合、頑張ってもらいたいです」

◆03年センバツで優勝した巨人・西村

「打線のつながりもいいし、自分たちのころよりも、全然強いんじゃないですか。3年生は悔いが残らないように頑張ってもらいたいです」

★常葉菊川、終盤猛追も春夏連覇届かず

 春の王者の意地を見せた。3点を追う九回二死からの猛反撃も一歩及ばず、史上6校目の春夏連覇の夢は破れた。センバツ優勝後、特待生問題の影響を受け、4月の春の県大会はメンバーを入れ替え初戦敗退。それでも、送りバントを使わず、強打を貫くスタイルでベスト4まで進出した。森下監督は「(野村投手には)素晴らしい低めの変化球とストレートがあった。相手の方が上だった」と広陵のエースをたたえた。

★田中、目標はプロ

 ベンチでの祈りも実らなかった。序盤に3点を許した田中は7回で降板。最後の反撃も届かず、「逆転してくれると信じていたんですが」と唇をかんだ。今後について「プロにいけるならいきたい」と話す左腕エースを手塩にかけて育てた元中日外野手の佐野部長は、「精密機械のような投球ができるから、あとは強靭(きょうじん)な体力や、捕手に任せっきりだったインサイドワークを学んでほしい」とエールを送った。

◆最後の打者となった2年生の常葉学園菊川・町田

「来年はベンチ前で相手チームの校歌を聞きたくない」

◆八回にスクイズで1失点の常葉学園菊川・戸狩

「グラブでトスすればよかった。あの4点目が大きかった」