2007年08月15日 更新

2007年 第89回全国高校野球選手権大会

前橋商の魔神・佐々木、48キロ差緩急で浦学斬った

前橋商の佐々木は強豪浦学相手に完投勝利し、飛び上がって喜ぶ

前橋商の佐々木は強豪浦学相手に完投勝利し、飛び上がって喜ぶ

 (第89回全国高校野球選手権大会、第7日、2回戦、前橋商2−1浦和学院、14日、甲子園)前橋商(群馬)が浦和学院(埼玉)との“隣県対決”を制した。エース佐々木和寛投手(3年)が緩急をつけて的を絞らせず、2−1で05年以来の3回戦進出。

 最後は132キロの直球だった。浦和学院・赤坂を右飛に仕留めると、前橋商・佐々木はマウンド上で小躍りした。

 「まず1勝が目標だった。最高です」

 武器は90キロのスローカーブだ。この日最速の138キロのストレートとは実に球速差48キロ。強打の浦学打線も前に突っ込んで、バットのしんでとらえられない。8安打されながらも、「ここで抑えたらチームも乗る」のプラス思考で、粘り強く1失点に抑えた。

 「自分の調子は悪かったけど、相手も遅い球に合っていなかったので、試合中に“使えるな”と思いました」。りりしい目元、赤いほっぺが初々しい“緩急王子”は、汗まみれの顔にしてやったりの笑顔だ。

 打っても八回に決勝の勝ち越し二塁打。「隣同士という意識もあり、やりにくかった」と明かす隣県対決を制し、前回05年以来の3回戦進出を決めた。

 8日の開会式では樺沢主将が選手宣誓。10日には前橋商のOBで、人気野球漫画「タッチ」で知られる漫画家・あだち充さんが宿舎を訪れ選手を激励。「テンションがどんどん上がっていきました」と佐々木の“投魂”はMAXまでふくれあがった。

 樺沢が宣誓でこだわった「一生懸命、ひたむきに」の言葉は、佐々木の胸にも刻まれた。「一戦一戦、しっかり勝っていくだけ」。次に勝てばチーム初のベスト8。再び“魔球”を繰り出して、快挙に挑む。

(田中浩)

■佐々木和寛(ささき・かずひろ)

 1989(平成元)年、8月24日、群馬・長野原町生まれ、17歳。北軽井沢小3から「北軽井沢クラブ」で投手と捕手で野球を始める。長野原西中では投手を務めた。前橋商では2年春に一塁手でメンバー入りし、3年春から背番号1を背負う。1メートル81、83キロ。右投げ右打ち。家族は両親と兄、姉。

◆先制打を放った前橋商・樺沢主将

 「(開会式の選手)宣誓よりも先制打の方が気持ちよかったです」

★浦和学院・赤坂、大台ならず

 昨夏に続いて初戦敗退。高校通算58本塁打の浦和学院・赤坂は単打2本に終わり60発の大台到達を逃した。徹底した外角攻めに苦しんだが「58本も打てると思わなかったので、これを自信にしたい」と涙はない。投手でも140キロ超の直球で先発5回を3安打1失点。九回にも再登板して三者凡退に仕留めた。卒業後の進路については「まだ考えていません。打者の方が評価は高いけど投手が好きなので練習を続けたい」と話した。

★200人で一体感ある応援−浦和学院野球部父母会

 そろいの白い帽子に、白いポロシャツ。浦和学院野球部父母会のアルプス席での応援は、整然としている。91人の部員の親をまとめるのが内山成弘父母会長(48)=写真右。昨夏の甲子園でも登板した内山拓哉投手(3年)の父親だ。

 学法石川(福島)時代には4番・左翼で76年春夏の甲子園に出場。東京鉄道管理局(現JR東日本)で都市対抗にも出場するなど、輝かしい球歴を誇る。部員の父母は200人近い大所帯。「まとめる苦労というほどのことはないけど、選手たちがやりやすいようにとは心がけています」。内山さんの代になって、これまでバラバラで応援していた父母に呼びかけ、まとまって応援するように変えた。

 その声援も実らず1点差の敗戦。「甲子園で得たことは、かけがえのないものですから」と選手たちをねぎらった。