2007年08月11日 更新

2007年 第89回全国高校野球選手権大会

“堀内二世”投打に躍動!甲府商44年ぶり夏1勝

ゲームセットの瞬間、甲府商ナインはみんなでガッツポーズ(撮影・吉沢良太)

ゲームセットの瞬間、甲府商ナインはみんなでガッツポーズ(撮影・吉沢良太)

 (第89回全国高校野球選手権大会、第3日、1回戦、甲府商14−1境終了、10日、甲子園)44年ぶり3度目の出場の甲府商(山梨)が境(鳥取)に14−1と圧勝。スタンドで観戦したOBで前巨人監督の堀内恒夫氏(59)も出場した1963年以来となる夏の白星を飾った。“堀内二世”のエース・米田易弘投手(2年)は8回4安打1失点の好投で3回戦敗退した「堀内超え」に照準を定めた。

OBで前巨人監督の堀内氏もスタンドから母校に熱い視線を送った(撮影・倉掛優一)

OBで前巨人監督の堀内氏もスタンドから母校に熱い視線を送った(撮影・倉掛優一)

 流れる汗をぬぐおうともしなかった。炎天下のマウンドで「元祖」が見つめる中、“堀内二世”が躍動する。

 スタンドからの熱い視線は感じていた。あの人を超えたい。その思いでボールを投げこんだ。2年生エース・米田=写真上=の右腕がしなる。堀内恒夫氏以来、44年ぶりの夏勝利だ。甲子園に校歌を響かせた。

 「44年分の思いを込めて投げました。打線が点を取ってくれたし、しっかり守ってもらいました」

 毎回のように走者を出しながらも、粘り強く強気の投球を続けた。鋭く落ちるスライダーを武器に凡打の山を築く。八回まで106球の熱投で、4安打1失点。その好投に刺激を受けた打線も爆発し、18安打で14点をあげた。自らも2安打2打点、バットでも貢献した。

 本格派右腕は、1年秋にエースナンバーを背負った。小学校の高学年のときには堀内氏の講演会に参加し、色紙をもらったことがある。いま、その大先輩と同じ戦いに臨んでいる。

 「堀内さんはプロで200勝した投手。僕はまだまだ、そこまでの(二世と呼ばれるような)レベルじゃないです」

 堀内氏はネット裏で巨人のスカウト陣にまざり、後輩たちの戦いを見守った。「甲子園できく校歌はいいもんだ。自分たち(3回戦敗退)をこえるように頑張ってほしい」とエールを送り、ともに校歌を歌った。

 「次は力みをなくして(ボールを)低めに集められるようにしたいです。1つ1つ全力で戦っていきます」と米田。大先輩もなしえなかった3回戦超え。44年ぶりの出場で“堀内二世”はベスト8進出を目指す。

(星直樹)


■米田 易弘(よねだ・やすひろ)

 1990(平成2)年5月15日、山梨・甲府市生まれ、17歳。国母小2のとき「国母スポーツ少年団」で野球を始め、小4から投手。上条中では「甲府南シニア」に所属。甲府商では1年春にベンチ入りし、秋からエース。今春の関東大会では準優勝した。1メートル79、70キロ。右投げ左打ち。家族は両親と妹。

■甲府商・第45回大会(1963年)のVTR

 1回戦は堀内を温存して武雄(佐賀)に10−2の快勝。宮崎商(宮崎)との2回戦は大石→堀内の継投で2−1と競り勝った。3回戦も2投手を継投させたが、優勝した明星(大阪)に16安打を浴びて0−11で大敗。記念大会のため甲子園球場と西宮球場を併用したが、甲府商は3試合とも西宮球場だった。

◆快勝に甲府商・布施監督

「甲子園という舞台は選手に力を与えてくれる」

◆五回に本塁打を放った甲府商・渡辺

「真っすぐがずっと続いていたから、これは真っすぐ勝負だなと分かった」

◆米田を好リードした甲府商・遠藤

「ストレートは勢いがあったけど、球が浮いていたので低め低めを心掛けた」

★境のエース山本、「生命線」狙われ5失点

 境(鳥取)のエース山本は、二回まで3人ずつで片づける最高の立ち上がり。だが、打順が一回りしてから「生命線」というカーブを狙われ、甲府商の攻撃に火をつけてしまった。慌てて直球主体の投球に変えたが勢いは止められず、五回に渡辺に真っすぐを本塁打されたところで、鳥取大会から1人で守ってきたマウンドを譲った。「仲間に申し訳ない。本当に申し訳ない」とうつむいた。

◆相手打線について境・花島監督

「全国大会に出てくるチームは、きちんとしんで打ち返してくる。力強かった」

◆4番で2安打の境・長谷川

「4番の実力はないので、つなぐという意識で打った」