2007年04月04日 更新

2007年 第79回選抜高校野球大会

【センバツ】常葉菊川V!森下監督29年ぶり静岡に紫紺の大旗

初優勝だ!! 右手を高々とあげてガッツポーズの田中にナインが駆け寄った(撮影・高井良治)

初優勝だ!! 右手を高々とあげてガッツポーズの田中にナインが駆け寄った(撮影・高井良治)

森下監督をナインが歓喜の胴上げ(撮影・彦野公太朗)

森下監督をナインが歓喜の胴上げ(撮影・彦野公太朗)

78年4月5日、浜松商の森下主将は紫紺の優勝旗を受け取った

78年4月5日、浜松商の森下主将は紫紺の優勝旗を受け取った

 (第79回選抜高校野球大会、最終日、決勝、大垣日大5−6常葉学園菊川、3日、甲子園)センバツに新時代! 決勝初進出同士のフレッシュ決戦は、常葉学園菊川(静岡)が八回、3長短打に敵失をからめ逆転。希望枠から勝ち上がった大垣日大(岐阜)を6−5で破り、春夏通算3度目の甲子園で初優勝を飾った。静岡県勢の優勝は、森下知幸監督(46)が浜松商主将として優勝した78年以来、29年ぶり4度目。バント無用の攻撃野球で、同監督は選手、監督の両方で頂点に立った。

 歓喜のナインがマウンド上に集まる。高々と人さし指を天に突き上げるナンバーワンのポーズ。森下監督は戻ってきた選手全員と感激の握手をかわした。

 「苦しい試合をモノにできました。まだ優勝の実感はわきませんが」

 4−5の八回二死から前田が左翼へ二塁打。続く石岡の左前打で同点。敵失で一、二塁として高野が決勝の中前打だ。3長短打はいずれも初球をたたく積極策。あっという間の逆転劇だった。

 同点打の石岡は、次打者の田中に代打が送られそうな気配を感じた。ここで同点にしなければエースが代えられる。「気持ちを切らさず投げていたので、最後まで投げさせたかった」と女房役らしい思いやりを殊勲の一打につなげた。

 森下監督にとって、78年のセンバツで浜松商主将として味わって以来の日本一。選手と監督での甲子園制覇は81年夏に報徳学園の選手、02年春に同校の監督で優勝した永田裕治氏以来の快挙だ。

 バント無用の攻撃野球で栄冠に輝いた。現役時代は2番打者として小技も得意だった森下監督だが、この甲子園での送りバントは5試合で1度。今回の出場を機に、ユニホームも「打ち勝つイメージ」で松井秀が所属する米大リーグのヤンキースそっくりの縦じまに変えた。

 約束も果たした。一昨年まで女子マネジャーだった松本綾乃さんが、卒業目前の昨年2月に交通事故で死去。一周忌の今年、墓参したナインは選手の名前と「必勝」の2文字を書いたボールを供えた。

 夏は全国4200校から追われる立場となる。「挑戦者の気持ちを忘れないようにしたい」と石岡。攻撃野球の申し子たちは、自慢の打棒に磨きをかける。

(田中浩)


■森下知幸(もりした・ともゆき)

 1961(昭和36)年3月21日、静岡・浜松市生まれ、46歳。浜松商では二塁手、主将として78年のセンバツ優勝。中部電力に在籍し、81−89年に浜松商コーチ。89年に日大三島監督で夏の甲子園出場。02年から常葉学園菊川のコーチを務め、04年センバツに導く。昨年8月に監督就任。同校事務職員。

■記録メモ

 ▽29年ぶり 常葉学園菊川の森下監督は1978年春に初優勝した浜松商の主将。それ以来、29年ぶりに静岡に紫紺の優勝旗をもたらした。選手と監督の両方で甲子園大会の優勝を味わったのは、選手として81年夏を制し、監督では2002年春に優勝した報徳学園(兵庫)の永田監督らがいる。

★エース田中、粘投でつかんだ夢

 田中健二朗投手(3年)の夢が現実になった。最後の打者を遊ゴロに打ち取り歓喜のガッツポーズ。「(優勝が)本当かなと思った。目標がかなえられてうれしい」と、気の強そうな顔をほころばせた。

 二回途中まで先発左腕の戸狩が4失点し、緊急リリーフ。毎回走者を出しながらも、粘り強い投球で大垣日大の追加点を1点でこらえた。監督が主に野手を、中日の外野手として4年間のプロ経験を持つ佐野心部長(40)がバッテリーを指導する“分業制”。試合中には「ゲームをつくれば必ず逆転するから」と部長から励まされた。

 制球力とフォームの美しさに定評がある田中。「エースとは、『アイツが投げて負けたのなら仕方がない』といわれるような存在」という部長の言葉を常に胸に刻んでいる背番号1のサウスポーは「もっと変化球の切れを磨き、スタミナをつけたい」と夏への“進化”を誓った。

★優勝だ!喜びの声

◆(1)田中健二朗投手(3年)

 「優勝を目標にやってきたのでうれしい。勝ったときは本当かなと思った」

◆(2)石岡諒哉捕手(3年)

 「大垣日大はいい打者がそろっていて気が抜けなかった。勝ててうれしいです」

◆(3)酒井嵩裕一塁手(2年)

 「甲子園で優勝するのは夢だった。信じられない。逆転できると思っていた」

◆(4)町田友潤二塁手(2年)

 「ホームランは一生の思い出。まだ優勝の実感がわかないけどうれしい」

◆(5)前田隆一三塁手(2年)

 「優勝するなんて夢にも思っていなかった。まだ実感がわいてきません」

◆(6)長谷川裕介遊撃手(3年)

 「優勝した瞬間は、頭が真っ白になって何も考えられなかった」

◆(7)中川雅也左翼手(2年)

 「ホームランを打ったことより、チームが勝てたことのほうがうれしい」

◆(8)高野敬介中堅手(3年)

 「これまで苦労してきたことが報われました。すごくうれしかったです」

◆(9)相馬功亮右翼手(3年)

 「いろいろな人の力が結集して優勝できた。皆さんに感謝したいです」

◆(10)戸狩聡希投手(2年)

 「きょうは自分の投球ができませんでしたが、逆転してくれることを祈ってました」

◆(11)野島大介投手(3年)

 「経験できないことを経験できたことは、夏につながると思います」

◆(12)中島嘉之輔捕手(3年)

 「本当に優勝したなんて信じられません。最高にうれしいです」

◆(13)浅原将斗内野手(3年)

 「言葉では言い表せないほどうれしかった。野球をやっていてよかった」

◆(14)鳥原龍志投手(3年)

 「優勝なんてずっと夢だと思ってました。まだ夢のよう。信じられません」

◆(15)山田京介内野手(3年)

 「エベレストの頂上に登ったような爽快な気分です。本当にうれしい」

◆(16)高瀬旭弘内野手(2年)

 「はじめから優勝が目標だったので、目標が達成できてうれしい」

◆(17)樋口政宏外野手(2年)

 「信じられないです。今まで生きてきた中で、一番うれしかった」

◆(18)久保田淳哉外野手(3年)

 「最高にうれしいです。みんなで絶対逆転できると信じていました」

■地元は…

 初優勝が決まると、菊川市の同校では応援に駆け付けた生徒や市民が総立ちになり、大歓声に包まれた。在校生や市民ら約200人は講堂に設けられた大型スクリーンで観戦。黄緑色のメガホンで声援を送った。最前列で応援していた松下利子さん(65)は、野球部創立から約24年間、寮母として選手を世話し、3月末で退職。「最後に優勝という素晴らしいプレゼントをもらって、こんなに幸せなことはない」と声を詰まらせた。

◆常葉学園菊川から日大を経て93年ドラフト2位で巨人入団。現在はソフトバンクの打撃投手・門奈哲寛

 「今年はいいチームと聞いていましたが、まさか優勝とは…。こういうときには(野球部に)何を贈ればいいんですかね」

■常葉学園菊川(とこはがくえんきくがわ)

 1972(昭和47)年、女子校の常葉短大付属菊川として創立。80年に現校名に改称。普通科、美術・デザイン科からなる私立共学校で、生徒数は1042人(うち女子640人)。野球部創部は83年で部員数は30人。センバツは3年ぶり2度目の出場(夏は1度)。主なOBは門奈哲寛(元巨人)、河村崇大(J1・川崎F)。所在地は菊川市半済1550。吉村耕司校長。