2007年04月03日 更新
【センバツ】常葉菊川ミラクル九回逆転劇!浅原が千金打

『元4番』浅原が起死回生の同点二塁打。逆転劇を呼び込んだ(撮影・榎本雅弘)
(第79回選抜高校野球大会、第11日、準決勝、常葉学園菊川6−4熊本工、2日、甲子園)初の準決勝に進んだ常葉学園菊川(静岡)は、昨秋までの4番・浅原将斗内野手(3年)が九回に意地の同点二塁打。この回に3点を奪い熊本工(熊本)に6−4の逆転勝ちで決勝初進出を果たした。大垣日大(岐阜)は帝京(東京)に5−4と競り勝ち、希望枠として初めて決勝に駒を進めた。決勝戦は3日午後0時半から行われ、東海地区同士の顔合わせは59年の中京商(現中京大中京=愛知)−岐阜商(現県岐阜商=岐阜)以来48年ぶり6度目。
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80キロの体が甲子園の舞台でようやく躍動した。1点ビハインドの九回。八回裏から守備についた浅原が、無死二塁で左越えの同点二塁打。チームを初の決勝へと導いた。
「抜けた瞬間は“よっしゃあ”という感じでした。ベンチの仲間が拍手で迎えてくれるのがうれしかった」。甲子園初打席で逆転劇を呼び込んだ『元4番』が素直に喜びを表現した。
昨秋の新チーム結成当初、浅原は不動の4番として活躍。だが、今大会直前にスタメン落ちしてしまった。原因は精神面の弱さ。結果を残せないと考え込み、スイングも小さくなって快音から遠ざかった。そんな浅原に仲間がつけた呼び名が“(ボールを芯でとらえる確率が)1000分の1の男”。
この試合も浅原の代役として一塁に入った酒井が、38.2度の熱を押してプレー。「おれに出番はないかも」と浅原は後輩の活躍に下を向いていた。それでも甲子園入りしてから、日課である夜の素振りで、仲のいい山田に悩みを打ち明けてスイングチェック。この日は「いつもより落ち着いていて、打てると感じた」(山田)。ようやく出た結果に親友の顔にも笑顔があふれた。
さあ、次は夢の決勝。森下知幸監督(46)は「選手は前向きにやろうとしている。現実にやれていることが、勢いにつながっている」と手応えをつかんでいる。78年のセンバツで浜松商(静岡)の選手として優勝した森下監督。今度は監督として優勝を狙う。
ついに“最後の駒”がそろった常葉学園菊川。乗りに乗って一気に頂点へ上り詰める。
(稲垣博昭)
■浅原将斗(あさはら・まさと)
1990(平成2)年3月29日、静岡・袋井市生まれ、17歳。静岡・浅羽南ジャガーズで野球を始める。中学時代は、浅羽中野球部で投手または捕手で県大会出場。中学までは軟式野球しかしておらず、高校入学後から硬式をはじめる。1メートル81、80キロ。右投げ右打ち。家族は両親と兄1人、妹1人。
★破竹の快進撃に教頭「夢のよう」
優勝候補の仙台育英(宮城)大阪桐蔭(大阪)を破り、勢いに乗る常葉学園菊川。一塁側アルプス席では約300人の応援団が決勝進出を願った。これまで春夏1度ずつの甲子園はともに1回戦敗退。3年前のセンバツに出場したOBは「僕らの時と違って堂々とやっている」と後輩たちに頼もしさを感じていた。同校の甲子園初登場は96年夏。初戦で明徳義塾(高知)に0−12と大敗した。松本教頭は当時を思い出しながら「こんなに勝ち進むとは夢のよう」と話した。
★熊本工まさかの逆転負け…夏へ課題は打力
熊本工の藤村主将(3年)は勝利を目前にしての逆転負けに「高校野球は九回に何かが起こる、簡単に終わらないとみんなに言い聞かせていたけど」と残念そうだった。この日は2本の三塁打で3打点と奮闘したが、長打力よりも1番打者としての快足が印象深かった。「僕らの機動力は全国に見せることができた。これに打力がつけば」と夏への課題を挙げた。








