2007年04月02日 更新

2007年 第79回選抜高校野球大会

帝京・杉谷翔が満塁弾!エース不在を打でカバー

一回に杉谷が満塁弾。帝京が一気に勝負を決めた(撮影・彦野公太朗)

一回に杉谷が満塁弾。帝京が一気に勝負を決めた(撮影・彦野公太朗)

 (第79回選抜高校野球大会、第10日、準々決勝、帝京7−1広陵、1日、甲子園)15年ぶりの優勝を狙う帝京(東京)は、伏兵・杉谷翔貴(3年)の満塁本塁打などで、広陵(広島)に7−1と大勝。優勝した92年以来4度目の準決勝進出を決めた。準決勝は2日、常葉学園菊川(静岡)−熊本工(熊本)、帝京−大垣日大の顔合わせで行われる。

 高々と上がった白球が右翼席に吸い込まれていく。一回二死満塁で帝京の8番、杉谷翔が放った公式戦初アーチは、センバツ5年ぶりのグランドスラム。29日の市川戦の二回、大黒柱右腕の大田が右手親指に死球を受け緊急降板し、この日も登板を回避。エース不在の不安を、6−0とするひと振りで吹き飛ばした。

 「びっくりです。内角高めのスライダーを振ったら、入っちゃったという感じ。満塁ホームランなんて生まれて初めて」

 会心の一打の感触をかみしめながら、杉谷は満面の笑みを浮かべた。

 父・満さん(43)はプロボクシングの元日本フェザー級王者で、89年に世界王座挑戦経験もある。1歳下の弟・拳士は甲子園8強の昨夏も遊撃のレギュラーだったのに対し、兄はスタンド観戦。出遅れはしたが、日本の頂点に立った父から「腐りかけてもあきらめるな」のアドバイスをもらい、背番号9を獲得。28勝(21KO)5敗という父親譲りの強打を、ここ一番で発揮した。

 「これで弟とも気軽に会話ができる。1戦ずつしっかり勝って、父が立った日本のトップに兄弟で立ちたい」と大きな山の頂上を見据えた。

 昨秋の明治神宮大会初戦で2−3とサヨナラ負けした広陵に、リベンジも果たした。この白星で前田監督は甲子園通算43勝(18敗)とし、横浜・渡辺元智監督と並ぶ歴代3位に。57歳の指揮官は大会前、「このぐらい勝ちたいね」と片手を開いて出した。

 5勝=優勝。公式戦12試合で平均9.58点の爆発力は健在。甲子園初先発の左腕・垣ケ原も完投し、投打で脇役が主役に躍り出る勝利で手応えはさらに強まった。15年ぶり2度目の春の頂点へ、残り2勝をもぎ取りにいく。

(田中浩)

■杉谷翔貴(すぎや・しょうき)

 1989(平成元)年5月9日、兵庫県神戸市生まれ、17歳。大泉三小3年までサッカー。4年から軟式のツバメ少年野球部に所属。大泉西中から東練馬シニア。帝京高では昨年の秋季大会からベンチ入り。家族は両親と弟。1メートル78、83キロ。右投げ両打ち。

■その時

 杉谷兄弟の父、満さん(43)=写真=は都内の自宅でテレビ観戦。長男の一発に「パワーがついたね」と目を細めた。中学まで野球を経験した満さんは、兄弟がボクシングではなく野球を始めても大歓迎。2人が小学生のころはロードワークにも付き添った。「弟にもホームラン打ってほしい。記録に残る選手になってもらいたいから」。1、2回戦はアルプスで応援したが、トレーナーを務める東京・板橋区のF・Iジムでの指導があるため、いったん帰京。「(3日の)決勝を見に行くので、準決勝は何としても勝ってもらいたい」と気合を入れていた。

◆兄のグランドスラムに弟の帝京・杉谷拳

 「あんなにテレビのライト浴びちゃって。悔しい」

★帝京・垣ケ原が意欲の完投

 左腕、垣ケ原が右手負傷のエースの穴を埋めた。序盤の大量リードで気を楽にし、緩急をうまく使った投球で6安打1失点の完投。「大田がいないんで自分がエース」と胸を張った。昨夏も含めた甲子園5試合目の登板で初先発。「やっぱり気持ちいい。次も監督にアピールしたい」と意欲満々だった。

★広陵・野村ガックリ…2被弾7失点

 この試合まで20回1/3を投げて1失点だったエース・野村が2被弾などで7失点。練習試合を含めて初の大量失点に「力不足です。制球を磨いて帰ってきたい」と肩を落とした。出場が決まるとOBの阪神・金本から「6 KANEMOTO」の文字入りウインドブレーカーが贈られ、さらに8強を決めた30日には総勢29人を阪神−広島の開幕戦(京セラドーム)に招待された。土生主将は「気持ちの部分で弱かった。出直してきます」と夏こそ大先輩に恩返しすることを誓った。

■記録メモ

▽満塁本塁打 帝京の杉谷翔が準々決勝の広陵戦で記録。第74回大会で福井商(福井)の赤土が津田学園(三重)戦で記録して以来、17人目。▽チーム1イニング最多本塁打2 帝京の中村と杉谷翔が準々決勝の広陵戦の一回に記録。大会タイ記録で第73回大会の尽誠学園以来、9度目。▽全員安打 帝京が準々決勝の広陵戦で記録。今大会初めて。▽無失策試合 準々決勝の帝京−広陵戦で記録。今大会2度目。