2006年08月22日 更新

2006年 第88回全国高校野球選手権大会

駒苫・田中、笑顔で幕…3連覇逃すも胸張る北の豪腕

田中

敗れて甲子園の土を持ち帰る田中だが、表情は誇らしげな笑顔。負けて悔いなし−。北の鉄腕に涙はなかった

駒大苫小牧・田中(右)と早実・斎藤

戦いが終わればみな球史に残る激闘をともにした仲間。笑顔で記念写真に収まる駒大苫小牧・田中(右)と早実・斎藤

(第88回全国高校野球選手権大会、第16日、決勝、駒大苫小牧3−4早実、21日、甲子園)田中に涙はなかった。駒大苫小牧(南北海道)は終盤の追い上げも及ばずに早実(西東京)に3−4で敗れ、中京商が達成した1931−33年以来、73年ぶりとなる大会3連覇はならなかった。2番手で登板した北の鉄腕・田中将大投手(3年)は一回途中から登板したが、6試合登板の疲れから3失点。公式戦の連勝も『48』でストップしたが、5万人の大観衆からは惜しみない拍手が送られた。

深紅の大優勝旗を再び北の大地に持ち帰ることはできなかった。中京商以来、73年のときを超えて偉業にチャレンジした駒大苫小牧の夢は、決勝再試合で散った。

「向こう(斎藤)の方が数段上だと思いました。負けはしましたが、いい試合ができてよかったです」

皮肉にも最後の打者となった“北の怪物”田中は、歓喜の早実ナインを見つめながら淡々と語った。涙はない。それどころか、時折笑みさえ浮かべて−。

2日間に渡る両エースの壮絶な投げ合い。田中249球、斎藤296球。プライドをかけた戦いだった。田中は試合前の練習では話題になった斎藤の『青いタオル』を意識したのか『黄色いタオル』で灼熱のマウンドに流れる汗をぬぐった。

前日に続き、2番手として0−1の一回二死一、二塁から登場した田中は7回1/3を投げ、被安打4ながら3失点。05年春の全道大会、白樺学園戦以来の敗戦で、駒大苫小牧の公式戦の連勝は『48』でついにストップした。

「今は支えてくれたチームメートに感謝の気持ちでいっぱいです」。ひと回り“大人”になった田中の姿が聖地にあった。勝って当たり前。のしかかる『3連覇』へのプレッシャーも、強い心で跳ね返してきた。

3月の卒業式の夜に3年生(当時)野球部員らが不祥事を起こし、センバツ出場を辞退した。目標に掲げてきた夏春連覇の夢が絶たれた。涙ながらに謝罪に訪れた卒業生を前に、当時主将だった田中は「僕たちはもう切り替えています」とだけ話した。皮肉にも事件が田中を成長させた。

ただ、強くなった心とは裏腹に最後は体がついていかなかった。「張りは残っていたけど、それは言い訳にはしたくありません」と話したが、今大会計6試合、52回2/3、742球の投球は確かに鉄腕と呼ばれる体にも、さすがにこたえた。肩にびっしりと巻かれたテーピング。前日の試合後のマッサージに加え、通常はしない当日のマッサージも受けた。右後背筋に強いハリがでていたからだ。この日の最速は143キロ。限界を超えているのは明らかだった。

「上(プロ)ではやりたいけれど、これからじっくりと考えて決めたいです」

最後まで田中に涙はなかった。それどころかすがすがしい表情で、真っすぐ前を見つめた。73年ぶりの偉業は果たすことができなかったが、駒大苫小牧、そして“北の怪物”の無限の可能性、輝ける未来はまさにいま始まったばかりだ。

(櫻木理)

■夏の3連覇

鳴尾球場で開催された1921、22年に連覇した和歌山中(現桐蔭)を最初に広島商、中京商(現中京大中京)、海草中(現向陽)、小倉と今年の駒大苫小牧まで6校が目指したが、達成したのは31−33年の中京商だけ。39、40年に全国制覇した海草中が挑んだ41年は戦争の激化のため大会が中止された。また、春のセンバツ連覇は29、30年の第一神港商(現市神港)と81、82年のPL学園の2校があるが、いずれも3連覇はならなかった。

◆駒大苫小牧・香田監督

「負けた。何も言うことはない。粘り強さがあったからこそ、ここまでこれた。選手をたたえてあげたい。最高のチーム。100点だ」

★本間篤の母は涙…最高の「親孝行」

全校応援で約900人の生徒が駆けつけた駒大苫小牧応援団に交じって、田中の両親が観戦。疲れの見える田中に父・博さん(45)は「いつも通りにやってくれれば大丈夫」と声をからして応援したが、願いは届かなかった。南北海道大会終了後に田中から主将を受け継いだ本間篤の母・良子さん(50)は「親孝行をしてくれました。ここまで連れてきてくれてありがとう」と号泣。兄・貴史さん(立大野球部1年)も「これ以上ない経験ができました。3年間お疲れ様」と健闘をねぎらった。

★よくやった駒苫ナイン!

◆(1)田中将大投手(3年=兵庫・松崎中)

「向こうの方が数段、上でした。いい経験をさせてもらって悔いはない」

◆(2)小林秀捕手(3年=北海道・石狩樽川中)

「(田中)将大とバッテリーを組めて本当によかった」

◆(3)中沢竜也一塁手(3年=北海道・札幌元町中)

「残念な結果ですけど悔いはありません」

◆(4)山口就継二塁手(3年=兵庫・宝塚中)

「みんなと一緒に練習してきたことが一番の思い出になりました」

◆(5)三谷忠央三塁手(3年=北海道・苫小牧明野中)

「後輩にはこの悔しさをバネに戻ってきて優勝してほしい」

◆(6)三木悠也遊撃手(3年=北海道・札幌清田中)

「悔しいです。でも、スッキリした気持ち」

◆(7)岡川直樹左翼手(3年=北海道・中央長沼中)

「(昨年まで夏を)連覇できたのでこの学校に来てよかった」

◆(8)本間篤史中堅手(3年=北海道・余市西中)

「主将として全然ゲームを引っ張ることができませんでした」

◆(9)鷲谷修也右翼手(3年=北海道・登別西陵中)

「この2日間、斎藤君がすべての面でよかった。完敗です」

◆(10)対馬直樹選手(2年=北海道・札幌屯田中央中)

「先輩たちが流した涙の分まで(同学年の)菊地と一緒に頑張りたい」

◆(11)菊地翔太選手(2年=北海道・京極中)

「田中さんみたいな強気の投手になって帰ってきたいです」

◆(12)及川雅哉選手(3年=北海道・札幌陵北中)

「最後まで試合をできたことに喜びを感じます」

◆(13)岡田雅寛選手(3年=北海道・小樽末広中)

「甲子園にこられたので、自分の中では最高の夏でした」

◆(14)小崎達也選手(3年=北海道・室蘭蘭東中)

「応援してくれたスタンドに向かってゴメンねと言いたい」

◆(15)奥山雄太選手(3年=北海道・苫小牧明野中)

「目標としてきた場所で素晴らしい試合をして準優勝できたのでうれしい」

◆(16)本間直紀選手(3年=北海道・苫小牧緑陵中)

「正直悔しい。でも全員で素晴らしい戦いができて幸せ」

◆(17)西田佑真選手(3年=北海道・札幌元町中)

「この3年生たちと一緒に決勝戦を戦えたことは忘れません」

◆(18)渡辺準輝選手(3年=北海道・苫小牧明野中)

「正直、悔いがないことはない。でも精いっぱいやれました」