古豪ワセダ悲願達成!和泉監督絶叫「88回待ちました」
2日間に及んだ激闘を制した早実ナインは勝利の瞬間、マウンドに駆け寄り、斎藤を中心に歓喜の輪が広がった
ナインに胴上げされる和泉監督。早実にとっては文字通り、悲願の全国制覇だった=撮影・吉澤良太
凱旋する早実ナインをひと目見ようと、西宮市内の宿舎にはファンが押し寄せた=撮影・高井良治
(第88回全国高校野球選手権大会、第16日、決勝、駒大苫小牧3−4早実、21日、甲子園)創部102年目で夏初制覇を成し遂げた早実。1915年の第1回大会にも出場した古豪は、打線が一丸となって、プロ注目の駒大苫小牧のエース・田中を攻略。4連投の斎藤を強力援護した。92年に就任した和泉実監督(44)は「88回待ちました」と絶叫。伝統校がついに悲願を成し遂げた。
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クールにマウンドを守るエースに、仲間は心を動かされた。駒大苫小牧のエース・田中を攻略して斎藤を援護。早実打線が一丸となって深紅の優勝旗を手にした。
一回に先発の菊地翔太投手(2年)を攻めて、5番の船橋悠左翼手(3年)が中前に先制タイムリー。「昨日はチャンスで打てなくて、斎藤に申し訳なかったから」。この一打で菊地をKO、田中を引っ張り出した。
北の鉄腕・田中に対しても二回、川西啓介中堅手(2年)が左翼線タイムリー二塁打。七回二死二塁から結果的に決勝点となる左前タイムリーを放った主将、後藤貴司遊撃手(3年)も「集中しようと思った」。田中に手も足も出なかった昨秋の明治神宮大会準決勝から9カ月。斎藤だけではない。早実打線は確実に成長していた。
「88回待ちました。その歴史で勝てました」と絶叫するように話したのは和泉監督。背負ってきた伝統の重みを感じさせる優勝談話だった。
1915年の第1回大会にも出場した古豪にとって、27度目の挑戦で手にした初優勝。早実はライバルの慶応(現在は神奈川に移転)などとともに、東京の高校球界をリードしてきた。
しかし、センバツでは王貞治(現ソフトバンク監督)を擁した57年に優勝を飾っているが、夏は過去2度の決勝進出でいずれも「日本一」を逃した。荒木大輔(現西武コーチ)が1年生だった80年には55年ぶりに決勝進出。しかし、愛甲猛投手(元ロッテ)率いる横浜(神奈川)が立ちはだかった。東京では後発の桜美林、帝京、日大三が夏の全国制覇を達成するのを横目に、足踏みが続いた。
野球部を取り巻く環境も大きく変わった。学校の100周年記念事業に伴い「世界の王」らが汗を流した東京・練馬区の専用グラウンドが、99年7月に閉鎖された。以降はOBらのつてを頼りに練習場を転々とした。
00年3月に東京・国分寺市にある現在の校舎のグラウンドで練習できるようになっても、周辺住民との話し合いで午後6時までの制限付き。「当時の彼らの苦労があったから今がある。部室もなかった。生徒たちには苦労をかけた」と和泉監督。
創部から102年目で初めて手にした深紅の大旗。早実を取り巻く様々な思いがナインに乗り移り、伝統校に新たな歴史が刻まれた。
(土井高志)
★主将・後藤、有終の美
主将の後藤が4番の働き。七回二死二塁で田中の初球のスライダーをとらえ、左前打を放った。「絶対に1点が欲しい場面。気持ちで打った」。執念の一打でリードを3点に広げた。九回に1点差に詰め寄られただけに、殊勲の打点となった後藤は「終わりよければすべて良し。最後の舞台で主将の役割を果たせてうれしい」と笑顔だった。
★おめでとう早実ナイン!
◆(2)白川英聖捕手(3年=東京・武蔵野二中)
「斎藤と2人でワンバウンドを止める練習をずっとやってきました」
◆(3)桧垣皓次朗一塁手(3年=千葉・日の出中)
「去年の秋、駒大苫小牧に負けてからずっと田中を意識して練習してきました」
◆(4)内藤浩嵩二塁手(2年=神奈川・領家中)
「今回は3年生に連れてきてもらったので来年は僕たちが」
◆(5)小柳竜巳三塁手(3年=東京・第三亀戸中)
「偉大な先輩が達成できなかった夏の全国制覇をできて本当に幸せ」
◆(6)後藤貴司遊撃手(3年=東京・小平五中)
「歴史に名を刻むことができてうれしいです」
◆(7)船橋悠左翼手(3年=東京・神代中)
「田中君から3点取れたので、打線も(昨秋から)成長したと思います」
◆(8)川西啓介中堅手(2年=神奈川・山内中)
「二回のタイムリーは外角低めの球。信じられないですね」
◆(9)小沢秀志右翼手(2年=東京・松ノ木中)
「斎藤さんは踏ん張ってくれると思っていました」
◆(10)塚田晃平選手(2年=東京・目黒二中)
「斎藤さんは尊敬できる先輩。次は自分がエースに成長して連覇を目指したい」
◆(11)佐藤成朗選手(2年=山梨・平和中)
「春と2回、甲子園に来られたのでうれしい」
◆(12)神田雄二選手(3年=東京・東村山六中)
「優勝を意識したのは、きょうになってから。先を見たらダメだと思っていました」
◆(13)古山将選手(2年=埼玉・南陵中)
「ぜひ来年も来て、連覇したい」
◆(14)林口隼也選手(3年=東京・早実中)
「成長したチームを見ることができてうれしい」
◆(15)小沢賢志選手(2年=東京・松ノ木中)
「(甲子園で肋骨を折って)ベンチに入れなかった人に申し訳なかった」
◆(16)河津恵介選手(2年=埼玉・入間野中)
「この瞬間、このグラウンドに立っていられたことがうれしい」
◆(17)佐々木孝樹選手(1年=山梨・都留一中)
「ライトの守備では自分のところに来たら全部捕るつもりでした」
◆(18)徳井翔一選手(1年=北海道・栄南中)
「これだけすごい先輩のチームが、きょうで終わってしまうのがもったいなかった」
★早実応援団熱唱「早稲田の栄光」
早実応援団が陣取る三塁側アルプススタンドでは、『早稲田の栄光』が2度歌われた。この歌は、早大の創立70周年記念として1952年に作られたもの。早実高では決勝戦の試合前に1度歌い、優勝すれば再び試合後に歌うという由緒ある歌だ。「甲子園に来て、2度も歌うことができて、本当に幸せです」と応援に駆けつけた在校生は、声高らかに大合唱していた。
■早実(そうじつ)
1901(明治34)年、早稲田実業中学として創立。02年、現校名(早稲田実業学校)に改称。普通科のみの私立共学校で生徒数は1215人(うち女子360人)。野球部創部は05年で部員数は68人。10年ぶり27度目(春は18度)。優勝は春1度(57年)、夏1度(2006年)。主なOBは王貞治(ソフトバンク監督)、小室哲哉(ミュージシャン)。所在地は国分寺市本町1の2の1。渡邉重範校長。
★日本選抜18人発表−斎藤ら早実3人
日本高野連は21日、米国で8月下旬から開催される日米親善試合に出場する日本選抜チームの18選手を発表。優勝した早実(西東京)から斎藤佑樹投手ら3人が選ばれた。監督は早実の和泉実監督が務める。代表選手は次の通り。
▽投手 斎藤佑樹(早実)田中将大(駒大苫小牧)榎下陽大(鹿児島工)乾真大(東洋大姫路)駒谷謙(福知山成美)金城長靖(八重山商工)▽捕手 鮫島哲新(鹿児島工)橋本良平(智弁和歌山)秋場拓也(日大山形)▽内野手 中沢竜也(駒大苫小牧)広井亮介(智弁和歌山)今吉健志(鹿児島工)後藤貴司(早実)林崎遼(東洋大姫路)宇高幸治(今治西)▽外野手 船橋悠(早実)本間篤史(駒大苫小牧)塩沢佑太(帝京)
★6年ぶり80万人超
引き分け再試合に及んだ決勝が2試合とも満員の5万人を集め、今大会の総入場者数は85万2000人となり、2000年の82回大会以来となる80万人突破を達成した。史上最多は沖縄水産が決勝に進出した72回大会の92万9000人。連日の好天に加え、序盤から好カードが実現、智弁和歌山など近畿勢の活躍もあり、2回戦の早実−大阪桐蔭を皮切りに6試合で満員が記録された。
★本塁打数は60本
従来の記録を大きく塗りかえた1大会の本塁打数は、駒大苫小牧の中沢が九回に放った2ランでついに60本に到達した。47本を記録した第66回大会と違い、清原(PL学園=現オリックス)のように際立った強打者はいなかったが、下位打線からも次々と本塁打が飛び出したのが特徴。バット性能の向上と筋力トレーニングの成果のためか、中堅方向への本塁打も目立った。日本高野連は来年から反発性能を抑えた「飛ばないボール」を導入予定。









◆(1)斎藤佑樹投手(3年=群馬・生品中)
「応援してくれたみんなに心から感謝します」